2025年12月5日金曜日

見えた富士 全身真っ白 冬到来

バスで、環七の青砥立橋を渡る時、右手にスカイツリーが見える。晴れていると、秩父連山さらに見えるのが、富士山だ。富士山が見える日は、週1回くらいで、とにかく、スカイツリーそのものも、はっきり見えないほど、ほこりっぽい東京の空。橋の下は、中川だ。

富士山は、かなり遠くからでも見える。筑波山から見たこともある。夏山のトレーニングということで、毎年、2,3回は登っていた。あの頃は、今みたいに、外国人登山者など、ひとりもいなかった。入山料なんてものも、なかった。夕方、仕事を終え、新宿駅へ。甲府行きの普通列車に乗車、大月で富士急に乘り換え、更にバスで、五合目まで行き、登山開始。夜通し歩き、頂上で、ご来光。砂っ走りで走り降り、その日の夕食は、足立区の自宅でという日程での富士登山だった。

さっきテレビを見ていたら、11月末からの豪雨で、東南アジアで、なんと1400人もの人が亡くなったとのこと。インドネシアのスマトラが、特にひどかったらしい。タイや、スリランカでもかなりの被害とのこと。

日本でも、新内閣がガソリン税を引き下げると決め、すでに開始。車を減らして、大気汚染を防ぐ、なんて言ってたけれど、どうなっているのか。地球環境は、ますます悪化していることは、確か。神明町でも、毎朝、埼玉ナンバープレートの通勤自家用車が、運転手ひとりだけで走っています。廃棄ガスだけではない。最近、あっちこっちの停止中の原発の再稼働が叫ばれています。どうなるのかな。

今朝の月、満月でした。夜は見えなかったけれど、早朝4時、昨日も、そして今朝も、でっかい満月でした。今朝の温度、2度。

2025年11月23日日曜日

千秋楽 カザフ モンゴル ウクライナ

 降らなかったが、寒い日だった。路線バスは、いつもより空いていた。寒いからか。

環7(環状線7号)は、それでも、いつもより混んでいた。沿線の葛飾運動公園、周辺の木々の紅葉が見頃、とてもきれいだった。路線バスで、見ることが出来る都内の紅葉、結構、あっちこっちにある。たとえば、東大の周辺、国会議事堂周辺など。

4時から、テレビ観戦、大相撲の千秋楽。相撲は、あまり見ないのに、なぜか、気になる力士がおり、時々、見ていました。ウクライナの安青錦、今日は、勝ったかな、と新聞でも、テレビでも注目。力士には、複数いるのがモンゴル、横綱のひとりは、モンゴル人、他にカザフスタン、ロシア、ウクライナ国籍の力士がいます。以前、アメリカ国籍の力士がいたが、現在は、ゼロ。

以前、両国の国技館での東京場所に、3年間、通ったことがあります。大手チケット会社の「ぴあ」の社長さんのご厚意で、招待券を頂きました。至近距離で見る、ナマの力士は、頼もしいと言うより、これって、ホントウに人間ですか、というのが、最初の印象でした。

あの時以来、ほとんど、真剣に見ていない。でも、今日の千秋楽は、よかった、なぜかウクライナが勝った、それがよかった。

2025年11月22日土曜日

ある日 町の中 熊さんに出会った ♫ ♫ ♫

NHKテレビの朝いちばんのニュース、「熊さん情報」で始まった。本日も、熊さん、日本列島、あちこちに出没しているようだ。関東でも、千葉県以外、すべてで、人間のいるところにも出てきている。自治体が、依頼された個人宅の柿の木を伐採する(有料)ところもある。柿が熊さんの好物だってこと、最近知った。♫ ♫ある日、町の中、熊さんに出会った♫ ♫ なんて歌ってる場合ではないんです。

本日、日本のPM(首相)が南アフリカでのG20会議出席のため、ヨハネスブルクに到着したとのニュース。国会の発言のおかげで、中国からクレームをつけられているPM,会議出席の中国首相との会談を断られ、さあ、どうする。

南アフリカのヨハネスブルクへは、一度行ったことがある。たしか、国連関連の会議だったような気がする。2,3日の滞在だったので、あまり思い出すことがないが、あのマンデラさんには、2回めだったので、あちらも覚えていてくれた。1回め、初対面は、同じアフリカのセネガルだった。「これ、聴いて下さい」、とカセットテープを、会議出席者たちに配っていたマンデラさん。アパルトヘイト闘争が内容だったような気がする。その後、何年後かにノーベル平和賞を受賞されたマンデラさん。たしか、日本にも来たことがある。当時の記録がないので、記憶に頼るしかない昔話です。

2025年11月20日木曜日

スマホだめ AIなんかもっとだめ だめでも 生きてる楽隠居

TVを見ていても、新聞を読んでいても、AI、AI, AI。 どうしてそうなるのか、まったくわからないけれど、どうも、人間さまより、お利巧らしい。

AIのおかげで、人べらしの企業、人間の代わりに、ものごとを判断してくれる、答えを出してくれる、など、これまで「人」がやっていたことを、AIがやってくれる。

よくわかんない!

今朝は、いちばんの寒い朝、とのこと。晴れていたけれど、「月」はなかった。昼も、暖かくならなかった。北海道は、雪、青森の酸ヶ湯も大雪とのこと。

日本のPM(首相)発言に怒った中国政府、次々に制裁を発表している。               「日本への旅行自粛」、「日本の食品輸入禁止」、「日本での留学自粛」、などなど。この先、どうなるのか!

近所の銀杏の葉っぱが、ほぼ落ちた。道路一面、黄色の絨毯。きれいだけれど、掃除、だれがするのかな。

2025年11月12日水曜日

「旅は道連れ」、「世は情け」 路線バスの中で

今朝のこと。いつものように、綾瀬駅のバスターミナル。通勤ラッシュがすぎた10時頃。バス待ち乗客は、ほとんどがシルバーパス乗客。バスが来た。乗客のひとりが、大きな荷物(ゴロ曳き)を持って、バス入口で、持ち上げるのに往生している。先に乗ったわたし、大きなお世話、小さな親切精神で、「持ち上げるよ」、と手助け。空いている座席まで運ぶ。

荷物の持ち主の高齢女性、「ありがとうございます」、と頭をさげた。

で、お助けマンのわたしー「旅は道連れですよ」とあまり考えないまま発言。

と、すかさずこの女性ー「世は情け」というではありませんか。

いやあ、まいった、まいった! いるんですね、まだまだこういう洒落が通じる人種。うれしくなりました。ちなみに彼女、京成堀切駅で下車され、路線バスのわたしに、手を振ってくれました。

今朝は、7度、昼は、15度で、寒い一日でした。テレビでは、参議院の予算委員会を放映しています。 

2025年11月11日火曜日

夏長く 秋は短く 冬到来

従来の暦通りだと、6月、7月、8月が夏。秋は、9月、10月、11月のはず。ところが、今年の夏は、6,7,8,9月で、10月も半分ほどは、ま夏模様だった。本格的な「秋」を実感し始めたのは、つい最近、11月に入ってからだ。ところが、11月になり、あわてて周辺が紅葉し始めると、「熊さん」が出没。8名もの人間が殺され、けが人は、多数(数えきれないほど)。原因は、熊の常食用の木の実が、この夏の猛暑で不作だったこととのこと。

朝4時は、10度以下だったが、昼になっても12,3度。寒い一日だった。

それでも乘るか、路線バス。西新井、王子方面を廻ってきた。

もうTシャッツ姿はない。ダウンに襟まきなど、冬支度が目立つ。そういう自分も、モンゴルのセーターを着用。今夜は、おでんにしよう。

2025年11月7日金曜日

立冬の 路線バスは もう暖房

 東京では、スーパームーンは、曇り空で見えなかったが、なんと今朝の4時、サイズは小さかったが、まん丸のお月さんが出ていました。久しぶりに晴れるというので、洗濯。ところが、強風で、外には干せず、外出時は、屋内干し。

本日は、立冬。

「秋も深まり」、なんて言葉、あったっけ。最近は、あまり使わない、使われない。それでも気がつくと、「秋」があちこちにありました。周辺の木々の葉は、いつの間にか黄色くなっており、強風に舞っていました。

いつもの時間、いつものバスに乗ると、なんと暖房になっていました。立冬が、暖房開始の日なのかな。シルバーパスの面々は、ダウン、マフラー、毛糸の帽子、、手袋など、酷寒用いでたちです。あったかなバスの中、ちょっと早すぎじゃん、と言わなかったけれど。

本日は、国会は、予算委員会。ニュースの主役は、熊さん。今年の冬は、冬眠するのかなあ。


2025年11月5日水曜日

満月が 白く見える 冬まじか

夕べ8時すぎ、薄曇りの向こう側に、丸い月。スーパームーン(満月)の本チャンは、今夜だそうですが、東京は、今、曇り空、今夜は、むずかしそう。

気がつけば、今年は、「秋」がなかったというのが、実感。日光はじめ、あちこちでの紅葉見物も、なんだかあっという間でした。それにしても、夏から秋へのうつろいが感じられなかった。「冬」に入ってしまったかのような昨今です。あわてて衣替え、冬用の毛布を出したのに、あいにくの曇り空続きで、干すことが出来ない現状です。

本日の路線バスは、綾瀬~亀有~新小岩~綾瀬。路線バスは、さすがに冷房は終了、でも、暖房は、まだ。シルバーパス乗客の多くが、冬支度、ダウンの方もおられました。

13時に戻り、国会代表質問TV,17時までしっかり見てしまいました。首相の所信表明が、たしか、10月24日だったので、首相の外交活動で、間があいてしまったためか、なんとなく野党代表の質問にパンチが利いていなかったみたいです。それに、代表質問というのは、いつもそうですが、前後関係なく、いくつものアイテムでの質問なので、答える方も、ひとつづつ答えるという方式なので、ちっとも面白くない。といいながら、4時間も見て、聴いて、しまった、というわけ。

今晩は、スーパームーンに合わせて、中華まんでも食べようか、と。

2025年11月3日月曜日

[秋」なしで まっすぐ到来 寒さ「冬」

今3時、16度、強風だからか寒い。朝の4時、真っ暗、真冬並みの寒さ、今朝のこと。

11月3日が、文化の日であることを失念していました。自分より歳の若い人たちが、皇居で文化勲章をもらっているシーンを見ながら、やっぱり偉い人は、偉い、と実感しています。

ご近所さんが、車で日光へ行くといって、朝5時にでかけてゆきました。さっきテレビをみていたら、日光のいろは坂は、大渋滞だそうで、上の華厳の滝まで、なんと4時間もかかるとか。紅葉は、真っ盛りのはず、でも、見頃に着くには、大変。

日光は、足立区からなら、北千住発が便利なので、ちょくちょく行ってます。いろは坂ではないけれど、歩き道でなんども中善寺湖あたりを歩いています。男体山も数回登ったことがある。日光から足利方面に出られるわたらせ渓谷鉄道は、春夏秋冬を通して愛用、乗車している路線です。紅葉の季節の渡良瀬渓谷、中禅寺湖に負けず、絶景です。

本日は、B6コース、神明―綾瀬駅―亀有駅―新小岩駅―綾瀬駅を路線バスで回ったきました。11時40分帰宅。まだ、晴れていたので、洗濯をしました。まだ風が吹いています。

2025年10月31日金曜日

どしゃぶりの 雨の渋谷は ハロウィーン

10月最後の日、ハロウィーン。お祭り騒ぎは、きらいではないけれど、ハロウィーンには、参加したことがありません。テレビの映像で見るかぎり、人出のすごいこと。毎年、渋谷区の人たちは、かなり迷惑しているようです。今年は、昨日から、ハチ公周辺に囲いをしたり、周辺のコンビニなどでは、アルコール類など自粛なんだそうです。これから、都内は大雨とのこと。どしゃぶりでも、やるんですか。

今日も、「熊情報」が、ニュースのトップ。東北では、人が住んでいるエリアでの出没が増えているとのこと。政府は、熊対策の特別委員会を立ち上げたそうです。

日本のプロ野球、昨日、日本一が決まったーソフトバンク、そうです。アメリカは、明日の試合で、決まるよう。気になります、大谷の活躍が。

わが田口家は、クリーニング店=洗濯屋、だった。父親一代の店。巨人ジャイアンツのユニフォームの洗濯を引き受けていました。だから、新聞は、読売新聞、巨人軍が出場する野球は、みんな関心を持っていました。まさに一喜一憂 状態。でも、子どもたちは、私も含めてそれほどジャイアンツに関心を持っていませんでした。

日本の新首相、昨日から韓国へ。昨日は、日韓首脳会議、そして、本日は、間もなく日中首脳会談が行われるらしい。お疲れさま。

本日は、神明ー綾瀬ー亀有ー新小岩ー綾瀬のB6コース、13時に帰宅。支出なし日でした。

2025年10月29日水曜日

要注意 熊が出るかも 箱根でも

予報なら、も少しあったいはずなのに、今朝の4時、東京は寒かった。

朝8時頃、電話。Dr.Looからだ。昨日、羽田に着いて、そのまま箱根へ。箱根の別荘には、彼の奥さん、娘、息子家族がすでに到着していた。毎年、この週は、箱根で、奥さんの誕生日を祝うのが慣例。昨年は、私も参加。

Drは、シンガポールの病院の医院長、病院は、東南アジア各国の首都、中国に3か所、病院の支店(といっても、大きな病院)を経営している。ちなみに、娘は、父親の病院で働いている。「中国の首相が、急にシンガポールへこられ、関連行事に出席しなければならなくなり、箱根入りが、遅れてしまった」、と。中国首相は、その後、KL(クアラルンプール)へ。「今朝、別荘の庭に野生の鹿が入ってきた、とやや興奮気味に報告。「あのね、今、日本では、全国各地に熊が現れ、畑を荒らし、人家に入り込み、人間が傷つけられ、殺された人もおり、とにかく、「熊」の出没ニュースが、初の新首相の動静よりも、視聴率大状態」、と注意。

今朝の路線バス、環七でも、東京のはずれ葛飾区内、渋滞が発生していた。トランプのせいだよ、と乗客同士の会話。そのトランプさん、正確には、二日間の滞日だったが、新聞もテレビも、とにかくトランプ、だった。日本にとって、われわれ下々にとって、よかったのかな、あまりハッキリわからない。

 

2025年10月24日金曜日

熊登場 人気争う 新首相

本日は、秋晴れ、との予報が見事はずれ。ほぼ一日降ったり、止んだりだった。路線バスから見える団地、あっちでも、こっちでも、ふとんを干していた。

ところで、今日、午後、国会で、新首相の所信表明演説があった。どれくらいとりあげらるのか。これまでにも、彼女の幼少期から、学生時代、国会議員になってからの、いくつものお話が紹介されており、ともかく、ほぼ毎日、報道されていた。しかし・・・・・

『熊さん』の登場で、新首相の出番は、次点。

九州を除くほぼ全国各地で、熊さんが出没している。人家に入り込み、半日も居座った、ぶどうや柿などの果樹あらし、鶏など家畜を食べる、なんと7名もの人間が熊に殺された。昨日は、盛岡市内でうろつく熊を大勢の警官が取り囲む、右往左往の結果、逃げられた、なんて報道もありました。

過去、ほんものの熊に、二回会ったことがあります。いちどは、水戸の天狗党の逃走路を歩く旅の途中。福井県の敦賀に近い木の芽峠、ここで、子熊にあった。上の方にいた親熊が、子熊を連れて去っていくのを、下の山道で見送った。その間、動かず、じっとしていたら、熊の親子は、いなくなっていた、という次第。もう一度は、日光、湯本へ行く途中で、右側に入った幸徳牧場近くの山道。右側のすすきの中をなにかが走る、その先で、沢にかかった橋の手前、沢に入る熊。ホンモノの熊の姿を見て、びっくり。

新首相の演説は、盛りだくさんの国民への約束、野党の皆さんと相談し、協力をいただき、実現します、とのこと。少数与党、あっちこっちへの気配りが大変ですね。

2025年10月22日水曜日

この寒さ 夏の猛暑が なつかしい

 記録的な寒さ(?)が続いている。今朝は、11度だった。昼間も12度どまりとのこと。富士山が雪景色になったとのこと。北海道では、もちろん、雪、雪。明日は、もっと寒くなるとの予報。今朝の3P0時、もう虫の声は、なかった。

歴史的快挙ー女性首相の誕生、二日め。本日も、いろんな人たち、町の人たち、ご出身の奈良の人たち、などなど、感想を述べています。

夕べ、10時すぎに、新首相の最初の演説があり、ラジオをつけっぱなしにしていたのに、聴きそこなった。で、今朝の新聞で読んだ。国民のみなさんのため、あれも、これも、やります、前進します、とおしゃる。国民の幸せのためなら、なんでもやります、を繰り返しておられます。日本国って、そんなにお金あるのかな。財源はどうするんだろう。女性初の財務大臣とよーく相談して下さい。

ところで、今朝、北朝鮮が、弾道ミサイルを日本海に向けて発射したとの臨時ニュース。これって、日本の新内閣発足を祝しての発射?

傘持参だったけれど、13時の帰宅まで、雨は降らなかった。本日は、シルバーパスで、西新井、王子方面を路線バスで回ってきた。でも、いまにも降ってきそうな夕方の空。

2025年10月21日火曜日

連立の 合意サインは モンブラン

夕べ、自民党と維新の会が、連立を組むことの合意がなされました。その際、合意文書に両党代表がサインをする。さて、どんな筆記具を、と注視していました。トランプ大統領は、太いサインペンを愛用していますが、さて、日本の次期首相は、と。高市総裁のサインの手元を見たら、なんと万年筆。高市さんが、サインをすませて、同じ万年筆を維新代表に手渡す。代表がすませ、共同代表の藤田さんに。彼もサインをすませると、万年筆のキャップを持っていた高市さんが、それを藤田さんに手渡した。受け取った藤田さん、万年筆にキャップをして、自らの背広の内ポケットに収めました。サインをした万年筆、キャップがチラッと見えました。モンブラン、だった。

さて、本日の朝4時は、今季最低温度、13度だった。北海道は、雪。

路線バスは、B6コース。綾瀬から亀有、新小岩方面。綾瀬に戻り、急いで帰宅。1時から新内閣の首相選びが、気になり、すぐにテレビ。3時すぎまで、見てしまいました。初の女性首相誕生。個人的には、新首相、好きなタイプではないけれど、女性が首相になったことは、いいことだ。総裁選びで、戦った男性たちを、閣僚に抜擢したのも、ま、いいんじゃない。そのわりには、同性―女性の閣僚抜擢は、2名のみ。外国では、女性首相、それほど珍しくない。ドイツのメルケルさんは、ずいぶん長いこと首相だった。

女性首相のはしり、世界ではじめての女性首相といわれたのは、セイロン(当時)のバンダラナイケさん。旦那が首相だった。その彼女に、お会いしたことがあるんです。ヨーロッパでの会議の帰路、ヨーロッパの政党から「これをコロンボへ運んでほしい」、と頼まれ、東京への途中、コロンボに立ち寄りました。飛行場で、お出迎えの車が待っていて、それに乗る。着いたのが、バンダラナイケさんの自宅でした。門からかなり走ったところの自宅。広いお茶のプランテーションの奥に、邸宅。預かってきたもの(多分現金)を、バンダラナイケさんに手渡しました。召使みたいな人たちが、何人もいたのを覚えています。飛行機の時間が決まっていて、すぐに退席。しかし、帰国して 10日ほどたった頃、在日セイロン大使館の方が、足立区の自宅まで、大使館の車で、立派な箱に入った「セイロン紅茶」を、届けてくれました。という、ウソみたいな、ホントウの話。

2025年10月18日土曜日

この香り 秋はほんもの 金木犀

朝4時は、真っ暗、朝の気配はない。今朝は、晴れていて、三日月があった。この時間でも、車は、走っている。近くのスーパーの搬入口には、トラックが何台も止まっている。

この一週間、同じ家の玄関付近の草むらで、鈴虫が鳴いており、今朝も、鳴き声をチェック。同じ虫のようだ。と、かすかに匂い。止まって、深呼吸をして、匂いをかぐ。うーん、これは、金木犀、金木犀の花が咲き始めたのだ。去年より、ちょっと遅め。あの猛暑の後でも、秋は、しっかりきている。

今朝の新聞は、どれも、トランプ・プーチン会談。ガザではない。2週間後、とのこと。会場は、ハンガリーの首都ブタベスト。そういえば、ハンガリーの首相は、NATO加盟国であるにもかかわらず、親ロシア派。なるほど、なるほど。ブタベストは、4,5回行ったことがある。ブタベストから車で1時間ほど のところにある温泉、水着着用、に入ったことがある。いい湯ではなかったけれど。定宿は、ドナウ河岸から、かなり登ったところのヒルトンホテル。教会や、国会などの年季の入った建物が多い町。

本日は、路線バスではなく、東武線(スカイツリーライン)に乗った。西新井駅から春日部駅へ行き、東武野田線(アーバンクラインライン)で柏駅へ。ここから常磐線で、綾瀬までを乗り鉄。いい天気でした。


2025年10月17日金曜日

秋晴れを 見上げて感謝 猛暑あと

本日は、本当にいい天気。太陽もしょっかり出ていた。久しぶりの青空を見上げながら、ああもう暑くならない、これで、猛暑とはおさらば、です、を繰り返しました。

さっきラジオをから、村山富市さんの死亡が伝えられた。102歳。こんな思い出がある。現役時代、在日スウェーデン大使館で、パーティーがあった。たしか、スウェーデン社民党(政府与党)の要人が来日、で、社会党の村山さんが招待されていた。パーティー会場で、村山さんが「明日、重大な発表がある、楽しみに」、との発言。特段、気にすることなく、翌朝、新聞に「村山社会党内閣誕生」の見出し。たしかに重大な発表に、あれって、本当だった、と。

この3,4間、日本の政治は、ごちゃごちゃって感じ。与野党党首、各党幹事長などが、時間きざみに会談をしている。その都度、記者会見、で、政治評論家という方たちが、あっちの番組、こっちの番組、テレビ局を駆け回っています。与党の、初のオンナ総理候補はといえば、主義主張の違いなど構わず、前参議院選挙で票を伸ばした党の党首にまで、すり寄って、総裁選挙では、「わたしの名前、書いてよ!」、と。この国のため、国民のため、わたし、どうしても、総理大臣になりたい、を繰り返しておられます。村山さん、なんとおっしゃるか。

トランプさんが、プーチンさんと会談する、とのニュース。ノーベル平和賞、今年は、もう決まったというのに。

久々の上天気だったので、洗濯したり、ふとんを干したり。それでも、路線バス、B5コースを乗ってきました。

2025年10月14日火曜日

モンゴルの 友から電話 雪便り

今朝モンゴルから電話。友人のナランゲール(ナラ)からだ。ロシアに近い北部の草原から帰ってきたところ、と。もう真冬、雪、雪だったとのこと。日本の猛暑、もう大丈夫? というので、信じられないほど、涼しくなった、と答えた。

彼女の息子のオルギール、今ポルトガルに行っている。サッカー協会の役員として、モンゴルの少年たち(自分の息子を含む)の強化合宿中なんだそうです。アメリカで不動産屋をしたかと思えば、帰国して、映画監督になったり、デパートのファッションショーに出演したり、まあ、いろんなお仕事を次々に、やりまくっている。

モンゴルへは、いい陽気の春、夏だけでなく、オールラウンド、真冬にもなんどか行っている、雪の草原の体験もある。マイナス20~30度の冬の草原、車から外に出ると、顔がこわばるのが、わかる。それほどの酷寒だ。暑さでは、モロッコのサハラ砂漠でのマラソン大会に出場した際、40度もある中を走ったこともある。とにかく、暑さ、寒さ、の両極限を体感済み。なのに、今夏の東京の猛暑、かなり堪えました。トシで、こらえ性がなくなったのかなあ。

本日は、8時50分のバスで、整形外科のクリニックへ。リハビリをすませて、綾瀬駅に行き、ちょっとコースを変更して、B6コース(シルバーパスで、6台のバスを乗り換えた)。14時40分、帰宅。テレビは、野党各党幹事長と自民党幹事長が、それぞれ会談をしていた。

2025年10月13日月曜日

夏がすぎ 秋がきたけど じきに冬

 今朝の4時、18度だった。ついこの間まで、猛暑、だったのに、秋を実感せずうちに、冬到来、そんな寒さだった。月曜日だけれど、休日ースポーツの日。曇り空。

9時4分のバス。神明町のバス停での会話。相手は、85歳という男性。「車がなくなると、不便だよね」、と話かけてきた。3年前に免許を返上したとのこと。時間つぶしに、将棋とマージャンをやってるけど、とにかく、時間つぶしが大変。今日は、これから、江戸川へ行く、という。綾瀬駅から新小岩へ行く。その後は、と尋ねると、競艇。でも、このシルバーパスで、大助かりだよ、と。年金ぐらしなので、交通費も、これがないと、大変。

新小岩行きバスを見送って、亀有行きに乗車。10時台なので、乗客のほぼ全員が、高齢者、それも、女性が多い。シルバーパス乗客。弱者マークをつけた押し車、杖使用者も多い。気がつくと、自分のその中のひとり、でした。B5コースをまわり、11時45分に帰宅。

本日は、万博最後の日とかで、テレビは、大阪の万博会場中継で大忙し。そういえば、万博、行かなかったな、独り言。前回の大阪万博は、切符をいただいていたので、行きました。というより、新幹線に乗りたくて、行った。会場へ入ったはずなのに、ほとんど記憶がない。つくば万博、愛知万博、は行かなかった。

三連休でも、政治のお話は、連日報道されており、選ばれたばかりの現役総裁女史はじめ、多くの国会議員たちは、目下、走りまわっておられる様子。そんな状況下、現役総理大臣殿は、「80年所感」(戦後80年談話)を発表されたり、本日は、大阪に出張、万博閉会式セレモニーに出席されているようです。連立パートナーに絶縁を伝えられた、「そんなこと、わたしの知ったことじゃあない」、か。あきがきたけど、じきにふゆ・・・・

2025年10月12日日曜日

今日も行く シルバーパスで 路線バス

 曇りだったが、降っていなかった朝の3PO。この頃は、6時近くにならないと、明るくならない。ほぼ、真っ暗な中を歩く。週末は、車が少ないのがいい。

雪見橋近くのマンションの前、毎週のように、中学生らしき集団(5~6名)が、たむろっており、今朝は、女の子もひとり。「おはよう」、と声をかけると、「頑張って下さい」、なんて励まされた。特別な中学生たちでは、なさそうだけれでも、朝4時、こんなに早い時間、ま、いい、悪いことしているわけじゃあないんだから。

今日は、日曜日なので、バスは、9時4分発に乗る。綾瀬駅で、10分待って、亀有駅へ。20分で、到着。電車に乘れば、綾瀬~亀有間は、4分。この後は、亀有から新小岩駅へのバス。約30分。このコースに、ほぼ常連で乗っています。

新小岩駅すぐの本屋で、文芸春秋11月号を購入。綾瀬駅行きの折り返しバスに乗る。車中で買ったばかりの本を読むつもりだったが、新小岩から乗車の高齢男性が、気になる。貧乏揺すりおじさん。途中で下車せず、なんと綾瀬終点までご一緒でした。

11時20分着、5分待ちで、八潮駅行きに。神明町は、都内最後の停留所。15分で、帰着。B5コース(5路線に乗った)で、無事帰宅。

NHKテレビで、全国合唱コンクールをやっており、なんと、3時間も見てしまった。昔、合唱、やっていたっけ。いろんな職業の女性たちで編成(?)の合唱団。全員が、外国語ができる女性だったので、CARRER INTERNATIONAL(合唱団名)なんて、たいそうな名称。ご指導は、某私立小学校のプロの音楽の先生で、謝金もかなり高額だった。団員のひとりが、たまたま代々木のオリンピック青少年センターに勤務していたので、ピアノ付きの部屋を借りることが出来た。ヨーロッパの歌曲、賛美歌なども練習、東京都の合唱コンクールに出場、なんと努力賞なる賞もいただきました。5~6年やったか、世話役(自称)だった私が、国連の仕事で、ニューヨークへ行くことになり、その後、自然消滅(?)。

小学生たちの歌声を聞きながら、思い出しています。

2025年10月11日土曜日

気がつけば 虫の合唱 秋到来

 1週間前は、まだ暑かった。なのに、今朝、窓をあけると、虫の声、それも、一匹ではない。合唱だ。真夏の、猛暑の中で、蝉が合唱していたように、いつの間にか、虫の合唱。

本日は、朝の3P0時は、降っていなかったが、7時頃から落ち始め、ほぼ終日、雨。温度も16度とのこと。涼しいを通り超して、「寒い」。重ね着をしている。

降っていたけれど、いつもの路線バス乗りへ。9時のバスで、綾瀬駅へ。土曜日なので、乗客はいつもより少ない。亀有行きに乘る。なぜか、このバスで、顔を合わす乗客2名。高齢者ーシルバーパス乗客。途中で下車。こちらは、終点の亀有駅まで。

ここからは、新小岩行きに。1時間に4本、環七経由で約30分かけて、新小岩駅に到着。10時すぎなので、ほとんど混まない。途中、青砥駅近くで、スカイツリーが見えるが、今日は、雨なので、雲の中に、シルエットだけが、ぼーと見える。

しばらくして、環七から右折、葛飾区のスポーツセンターの横を通り、有名な「古代の湯」で停車。朝風呂帰りの乗客5名、時々会う顔。10分ほどで、新小岩駅に着く。ここで、綾瀬行きに乘り換える。

ほぼ満席の乗客。平和橋、四つ木、葛飾警察(バス停名)で、ほぼ下車。この時間帯の乗客も、ほぼ全員がシルバーパス、高齢者は、この時間に、おでかけしているんです。

バスは、堀切駅(京成)を通り、10分で綾瀬駅着。

ここからは、八潮行きバスに、乗り換える。神明町は、八潮市手前の足立区。この時間ならば、だいたい15分で、神明町に着く。

毎日の日記に、B5と書くのは、BUS5回乗り換えたという意味。シルバーパス使用なので、これだけ乗っても、支出ゼロっていうこと。

以上は、本日、10月11日の「路線バス乗り」記録です。

2025年8月2日土曜日

悔悟碌 気がつけば 回顧録

長くて、暑い梅雨から、「夏」の季節に入りました。14日間も雨、降らず。それでも、蝉は、朝から晩まで、鳴きまくっており、そうっか、夏なんだ、と。

隠居シリーズの6冊目が、もうじき出ます。凝りずに、またか、です。5冊目が、いろいろ事情があって、極端に薄目本になってしまい、このまま優秀の美(?)にしてはいけない、と6冊目を出そう、ということに相成りました。

テーマは、「楽隠居 記憶 記録 の綴り方」。

87歳になって、思い出せる記憶を、残された記録で検証しながら、まとめたものです。

悔悟碌ではなく、回顧録。

というわけで、もうしばらく続く猛暑の夏、ぼーとしてないで、やるっきゃない、です。

2025年4月13日日曜日

山笑う 求めて乗り鉄 ローカル線

夕べ、俳句の季語の本を、なんとなく読んでいたら、「山笑う」が目にとまった。この季節、早春の山が、新芽が、笑っている、という様子を表現したもの、とあった。で、ちょいと行ってみるか、と。

西武線で、秩父にしようか、信越本線で、軽井沢あたり、上毛電気鉄道で、赤城山、いろいろ頭をよぎる。が、なにせ、日帰りの旅、そう遠くへは行けない。そんなことを考えていたら、王子駅についてしまった。

途中の路線バスの車窓からは、満開の桜が見える。西新井から王子行きのバス、荒川を江北橋で渡る。渡る手前の土手に、土手下の平和橋通りも、立派な桜並木。盛りは、ちょっと過ぎた感じだが、まだ、きれい。橋を渡ったところ、巨大な団地がある。豊島五丁目団地、ここも、周辺は、桜、桜、桜。花が咲いていない時には、緑の葉っぱだけなのに。

左折して、王子駅に向かう途中、あそこにも、こちらにも、という具合に桜、桜、桜。日本人って、本当に桜が好きなんですね。

いろいろ考えているうちに、バスは、王子駅着。で、本日の行程が「決定」。

山まで行かなくてもいいや、と近場で桜を堪能することにした。

王子駅から京浜東北線で、大宮駅へ。ここから私鉄に乘り換える。東武野田線ーアーバンパークライン)に乗ることにした。

通勤時間は、すぎており、しかし、1時間に数本は出ている。大宮駅から西船橋駅行きに乗車。発車して、10分も経つと、ありました、見えました。たんぼの中に桜が1本。学校の庭、釣り掘の敷地、民家の庭にも、桜、桜、桜、です。常磐線の柏駅で下車。ここからは、綾瀬まで40分。こちらの沿線は、それほど桜の見どころはない。

路線バス、路線電車でも、結構なお花見ができました。二時には、自宅に戻れました。

     東山 三十六峰 みな笑う     清水甚吉

     みちのくの 山笑ひをり 昼の酒  青柳志解樹

     山笑ひ 人群衆する 御寺かな   虚子

せっかく、いい気分になっていたのに、テレビをつけたら、トランプ関税のニュース。KING OF AME

2025年3月30日日曜日

春本番 さくらが咲いた レッツゴー

といっても、今年も、いわゆるお花見の日程はありません。さくらが咲いたからって、自分の日常になんら影響なし、関係なしのはずですが、それでも気になります。この季節になると、なぜか「さくら」が気になる。

テレビで毎日、靖国神社の標本木(ひょうほんぼく)のところにご出勤の公務員、気象庁の方です。枝を見上げ、「まだですね」、とか「も ちょっとですね」、とかつぶやいています。毎日、その様子、パーフォーマンスをカメラが写します。「まだ一週間は、かかるかな」との報告の頃になると、標本木周辺には、スマホカメラさんたちが集まりはじめます。「あと二日、いや、三日かな」の報告頃になる。とスマホカメラさんたちのカメラは、頭上にセットされています。ついにその時がきました。標本木のまわりには、幾重にもできたスマホカメラさんたち。気象庁の係りの男性、さくらの木のまわりを一度、二度まわり、立ち止まっては、見上げ、見上げでは立ちどまり、そして、ついに宣言。「開花を宣言します」、と厳かにおっしゃいました。待ってました、の拍手のはずですが、全員、スマホで両手がいっぱい、で拍手なし。という今年の靖国神社標本木の開花宣言の中継でした。(このプロセス、テレビで毎夕やっており、実は、気になり、毎日見ていました)。

これまで、あちこちの桜を見てきました。開花の季節の歩き旅の途中でのお花見です。日本列島、九州、北海道を除くお花見名所、かなり見物しました。

青森の弘前城の桜、雪の岩木山とのコントラストに感動、「あの山がいい」と口走ったら、同行の青森浪岡のUさん、「じゃあ、あの山へ行くべえ」、と岩木山へ連れてってくらました。そこでお会いしたのが、あの三浦雄一郎さんのお父さんでした。

長野の上田城のお堀の桜、きれいだった。北国街道の旅の途中の花見でした。山梨の北杜市の山高神社の古木の桜、たしか2000年もの樹齢には、感動。駅からの路線バス、あまりにも長い行列だったので、あきらめて駅まで歩いたことを思い出しました。駒ヶ根あたりを歩いていたら、上の方に満開の桜。行ってみたら、高遠城跡の桜でした。福島の三春の桜は奥州街道歩きの旅の途中で立ち寄りました。三春の桜は、たしかに見事でしたが、地元の村の農家さんの敷地内の桜、こちらも、かなり見ごたえのあるものでした。途中、東北大震災で避難された人たちの仮設住宅があったのを思い出します。四国巡礼で訪れた三井寺や石山寺の桜もきれいでした。背景の北アルプスと松本城の桜、額縁の絵のようで、北アルプス登山の都度、何度も訪れました。

関東周辺、都内の桜名所は、隠居になってからで、なんども見に行きました。といっても、桜を愛でるよりも、大勢に見物客を見に行くようなもので、感動はあまりない。隅田川、上野公園、目黒川、千鳥ヶ淵、飛鳥山、巣鴨染井霊園、幸手の権現堂桜などなど。中央線沿いの市ヶ谷土手で、旧職場の面々との勉強会の仲間とのお花見宴会(もどき)をしました。その後、コロナで中止になりましたが、宴会方式花見は、唯一のものでした。

今は、電車、路線バスの中から、桜見物をしています。ご近所の小学校、中学校、これが結構きれいに咲く桜の木を持っています。春本番、やっぱり「さくら」です。

2025年3月12日水曜日

自画自賛 傍若無人の ワシントン

America is back で始まった大統領就任演説。そのあと一か月、毎日、毎日、大統領がサインしたというさまざまな提案、法案が、世界中を震撼させています。

新聞との付き合いは、幼少からのことで、まだ漢字が読めない頃からの、どちらかというと、ほぼ習慣というか、三度の食事のようなものです。小中高時代、留学時代、現役時代、そして隠居になってからも、続いているhabit。

その新聞、最近、わりつけが気になっています。(日刊紙三種類を購読しています)。朝刊、夕刊ともに、一面の記事が、アメリカの、それもたランプ大統領、今日、何を語ったか、サインをしたかのニュースです。Make America Great Again(MAGA)。

フルブライト奨学金の停止、政府職員(公務員)のリストラ、ニューヨークの渋滞税の廃止、usisアメリカ援助局による途上国援助の停止、日本を含む自動車の関税の引き上げなどなど。ちなみに、日本政府は、日本への関税は、同盟国なんだから、なんとか、やらないで、と、大臣がワシントンを訪問中です。(効果、どうなんでしょう?)。

昨日、テレビを見ていたら、河津桜の満開の桜が放映されていました。あの桜、観に行ったことがあります。7~8年前だったか。伊豆急で、車内を吊るし雛で飾った列車が走っているというので、乘り鉄としては、乘らねばならない、ということで、行ったってわけ。吊るし雛は、それほど感激じゃあなかったけれど、電車で、伊豆半島は、初めてだったので、まあまあ感動。実は、歩き旅で、伊豆半島は、何度も行ったことがある。三島から下田までの歩き旅、天城越えもなんどか。それと、伊豆高原にあるセミナーハウスで開催の某企業主催の「中堅指導者セミナー」に出席するため、数年通ったこともあり、半島めぐりは、なんど実施済みだった。その際に、たまたま停車した駅で降りたら、河津の桜が、見ごろだったのです。それほど花見客はおらず、一回りをして帰ったっていう花見体験でした。日本各地のお花見(桜)、ずいぶんあちこちへ行きました。今は、足立区内の学校の桜を楽しんでいます。いちばん近い桜、家からすぐの運河沿いの河津さくら。毎朝の散歩時に、見物しています。

今日は、曇り空、降っても濡れない路線バスで、ちょっこっと、廻ってきます。

2025年3月5日水曜日

啓執(けいしつ)に 降った初雪 冬もどり

本日は、3月5日、けいしつ。「地中の虫が冬もごりを終え、外に出る日」なのに、夕べから雪が降っています。満開だった梅の花が、すっかり散ってしまいました。なのに、ずいぶん前から満開だった山茶花のピンクの花は、まだちらほら残っており、その生命力には、驚いています。雪には、めっぽう弱い首都圏では、雪による鉄道や、高速道路の交通渋滞をさけるため、「予防的通行止め」というのを発令したそうです。

雪で足止めのホームステイ、テレビのニュースを見ながら、過ごしています。

日本では、昨日、政府予算が衆議院を通過。毎日、毎日、新聞やテレビをフォローしてきたけれど、よくわかんない。「〇〇の壁」、この単語が繰り返されていましたが、結局、理解できないまんまでした。これって、わたし無知な有権者っていうことか。

国外では、アメリカのトランプさんの発言に、毎日、毎日、一憂一憂。中国への関税とか、ウクライナへの軍事支援、もーやめた、とか、アメリカの公用語は、英語(アメリカ語)だけ、などなど。日本人だけでなく、世界中の人たち、当のアメリカ人たちも、驚いたり、戸惑ったりしています。言いたい放題、やりたい放題、そんな国のリーダーのことを「独裁者」なんて、学校で教わった気がします。

それにしても、東北の大船渡の山火事、8日間も、燃え続けている。これって、どうにもなんないコトだったのか・・・もともと原因は、地球温暖化、と言われており、温暖化を止めるための努、しているのか。気にしていても、何にもしていない自分、反省しきりです。

いろいろ考えでも、解決策、結論、なんにも出ないまんま、

     雪やんで ちょこっとお出かけ 乗り鉄へ



 

2025年3月1日土曜日

忖度が ワシントンでも 大流行り

トランプ氏が、アメリカ大統領に就任して一か月。この間、ほぼ毎日、トランプ発言が、日本でも、ニュースに出ない日は、ありません。来る日も、来る日も、毎日、毎日、トランプ発言がニュースになっています。日本の首相発言よりも、トランプ。経済問題が主なイッシュですが、ガザ問題では、イスラエルの攻撃で、ほとんど破壊され、廃墟となったガザを、世界一のリゾートにしてみせる、なんてことを言い、戦争で追い出されたガザの住民たち(難民)のこの先を全く考ていない発言に、世界中がびっくり。とにかく、毎日、毎日、どんなトランプ発言が、とニュースを見る日々でした。

さて、昨日、ウクライナのゼレンスキー大統領が、ワシントンを訪問しました。どんな会談になるのか、気にしていました。今朝いちばんのニュースで、会談の様子が報道されました。ウクライナにある鉱物資源の権益を、アメリカに譲るという協定に、サインすること、が会談の目的(トランプ側)。ところが、テレビカメラの前に写った両者、大声でいい合っています。こんなシーン、見たことない。トランプさんが、選挙演説で、バイデン前大統領を、身振り、手振り、大声で批判するシーン、ほぼ、あの感じで、ゼレンスキー大統領に悪態をつく。「あなたは、ここをどこだと思っているのか、アメリカ大統領の執務室、そんな失礼なことを言っていいのか」、とトランプ。負けずに「プーチンは、殺人者」、とゼレンスキー大統領。「あなたは、国民を騙した大統領だ」、とトランプ。

その前から、トランプ大統領は、「支持率4%の大統領」、「第三次世界大戦をはじめようとしている大統領」などなど、名指しでゼレンスキー氏を非難する悪態を、繰り返したいました。対立のまま、ゼレンスキー大統領は、帰国。

トランプ大統領のいうMake America Great Againって、こういうことなのか、と思いました。そういうトランプ大統領の周辺は、なんとなく、いやーな動き。共和党の議員のひとりは「ワシントン空港」を「トランプ空港」に名称変更の提案をしたとのこと。

ワシントンで、いよいよ、忖度の始まりー、始まりー、です。

天気よし、温度もあったか、風もない。ちょいと乗り鉄、どこへ行こうか。ともかく、行ってきまーす。


2025年2月24日月曜日

トランプの サインしたペン 〇〇製

就任してから1か月。ほぼ毎日、黒いファイルに挟んだ書類に、太い、15センチほどの黒いペン、サインペンで、”ドナルド・トランプ”のサインを繰り返しています。ドナルド・トランプさん、なんと70もの、この大統領令にサインをしたとのことです。サイン済みの書類を、得意げに披露し、使用済みのサインペン、熱狂的な自身の支持者たちに、まるで節分の豆まきのように投げ入れている、そんな光景を、この1か月、ほぼ毎日、テレビニュースで見せられています。

トランプ大統領のサインで、翌日から変わったこと。コーヒー店で出すストローが、紙製からプラスチック製になった。実は、前政権のバイデンさんが、環境に配慮してストローから紙に変えた。さすがアメリカ、と全世界が、感心した ばかり。USAIDーアメリカの援助基金を、無駄との一声で、全て廃止。世界中の、途上の国々のプロジェクトが、事実上ストップした。スーダンや、ミャンマーの難民プロジェクトが、援助の中止になり、カンボジアの地雷撤去プロジェクトも、中止とのことです。USAIDは、かなり前から、アジアやアフリカで活躍しており、国連職員でスーダンに赴任していた時、その活動ぶりを知り、やっぱりアメリカは、やるな、と感心していたのを覚えている。

冷戦時代だったことでもあるが、金持ちアメリカの途上の国々への援助は、大きな助けになったことは、たしか。その援助が、一枚の紙きれへのサインで、一瞬ゼロになる、信じがたいトランプの発想、そして決断。

それにしても、あのサインペン、一枚に案件に、それぞれ1本使用、執務室のテーブルの上には、10本も、20本も置いてありました。

あのサインペン、made in Americaーアメリカ製、なのか。文房具に関しては、日本が先行しており、しかし、あのタイプは、現在の日本のものではない。昔、国際会議で会ったことのあるソ連(当時)共産党のブレジネフ書記長は、日本のペンテル製のサインペンを使っていた。あの頃、ペンテルは、フランクフルトに工場があったので、フランクフルト製だったかも。一方、日本人の多くは、当時は、ペンー万年筆は、外国製が好まれており、パーカー、モンブラン、ペリカン、ウオーターマン、シエーファなどを、海外に出るたびに、買ってくるように依頼されたものです。

ご近所さんから、「西新井大師の梅、行ってきたよ」と言われ、じゃあ行くべし、と行ってきました。直通バスが廃線になってしまい、シルバーパスで行くなら、いちど綾瀬駅に出なければなりません。今日も、いい天気なので、行ってきました。思ったよりも混んでいません。西新井大師の梅は、梅園というほどの広さではなく、亀戸天神や、池上の梅園とは、比べものにならないスペース。それでも、みなさん、スマホカメラで、撮影しまくっていました。まだ、風が吹いても散るほどではなく、当分、楽しめそうです。

本日も、東京は、晴天。風もなく、いい日和。九州や、山陰、北陸方面は、大雪注意報も出ています。大雪で難儀な生活を強いられている人たち、日本列島は、とにかく、いろいろです。この寒さ、「春 とうからじ」。

2025年2月20日木曜日

あらいやだ お相撲さんが 自転車で

最近は、乘り鉄よりも、乘り路線バスの方が、多い。首都圏近辺の電車は、全て乗り尽くしてしまい、3度、4度めなんてえのも多いんです。路線バスも、乘る人が減ったとか、運転手不足などで、廃線になる路線も少なくない状態が、都内でもあちこちに見られます。自家用車のない、運転出来ない(免許返納)高齢者が増えているのに、「足」である路線バスは、必要だと思います。

本日は、亀有駅から都バスに乘りました。亀有までは、綾瀬駅から千代田線です。駅前から環七に出て、新小岩駅行きの路線バス。午前11時なので、車内の客は、5名。これじゃあ採算がとれないな。環七もそれほど、ラッシュではなく、順調に走っています。右側は、中川、その向こうにスカイツリーが、しっかり見えます。左には、遠く筑波山も視界にあります。すぐ右は、京成線の青砥駅、現役時代は、成田空港へよく通った路線です。青砥駅は、今は、羽田空港ともつながっています。

しばらくして、葛飾スポーツセンターのわきを通り、道路が狭くなりました。信号のある角に、マクドナルド店。と、中から出てきたのは、お相撲さん。紙の袋を持ったお相撲さんはトレーナー姿で、頭は、ちょんまげ。駐輪所にとめてあったママチャリの前カゴに紙袋を入れ、よいしょ、と自転車に乗りました。ゆっくり、ゆっくり、奥戸街道を四ツ木方向へ。子どもが、ちびチャリに乗った、という感じで、信号待ちのバスの運転手さんと顔を見合わせて、ニヤリ。こんな事で、運転手さんと「客」が、笑いを共有するなんて、めったにないこと。今日は、いい日だなあ。

15時に自宅に戻り、テレビをすぐにつけてみました。えっ まだそのまんま? 実は、今朝、家を出る時、NHKで、国会の予算委員会の中継を見ようとしたら、委員会が始まらない。テロップで、「審議が始まり次第、放映します」の文字。本日は、朝9時から午後5時まで、予算委員会の中継があるはずだったのです。総理大臣以下、閣僚の先生方が待機するも、いっこうにはじまらず、結局、終日、委員会は開かれなかった。放映義務のNHKさんは、他の番組にするわけにいかず、そのまま、っていう一日。でも、コマーシャルを気にせずのNHK、辛抱強く続けていたのです。

なんでか、というと、いわゆるウラ金問題で、旧安部派の事務局長という人を、参考人としてきてもらうことになっていたのが、だめになった、ということでの、もめごとのようです。ま、そんなことは、どうでもよろしい、と。

2025年2月13日木曜日

今どきの スポーツジムは キャシューレス

神明町には、当然のことだが、スポーツジムなどない。

最近、綾瀬駅の周辺が、急に騒がしくなってきた。33階建てのタワーマンションが、建設中だ。だからか、新しいお店も、出来つつある。そのひとつ、スポーツジム。わかっているだけでも、5か所が開店(っていうか)。24時間営業とか、初心者大歓迎、個人トレーナーが親切に指導とか、とかのキャッチフレーズ。で、ちょっと覗いてみようかと、駅から十分くらいのジムに行ってみた。

5階建てのビルの2階部分にある。エントランス(入口ではない)は、閉まっており、ドアに「ここをタッチして下さい」のとある。タッチするものを持ち合わせていなかったので、その横にあったボタンを押す。中から、「どんなご用ですか」、と女性の声。「あのう、見学をしたいんですが」、といい、しばらく待つ。現れたのは、上下スポーツウエアの女性。「見学の予約は?」ときくので、「していません。予約なしでは、ダメなんですか」、となばってみる。「いいですよ」、と案内してくれた。

階段で二階へ。ここがジムの施設のようだ。土曜の11時すぎ、だったからか、客=利用者は、見えるだけで3名だった。エアロバイクが5台、ベルトの上を歩く、走るマシーンが5台、ベンチプレスが5台、ところ狭しと並べられている。十畳ほどのスペース、エアロビクス、敷物を敷いて、ヨガをする。ロッカーが20ほど、男女別(あたりまえ)のシャワー室(というより、半畳ほどの箱型スペース)。各2つしかなく、スポーツ終了後、行列するのかな。個人トレーナーは、6人で、写真つきの紹介が貼ってあった。うち2名が女性トレーナーで、1時間のご指導が、9,000円(税別)だそうです。説明を聞いていた横を、挨拶をして通りすぎた女性、「あの方は、トレーナーです」、とのこと。小柄な、痩せすぎの体形の方です。この人に、1時間9000円か・・・

20分ほどのガイダンス、なにか質問は、と聞かれたので、「あのう、入会金とか、月決めの費用は?」、と尋ねた。

入会金は、3000円、月会費が9000円、とのことです。「マシーンの使用料は、なし、使い放題。無料です」、とのお返事。それほどの高額ではない、との印象。

ところが、ところがです。

施設への入退出は、24時間、スマホで、会費など支払いは、キャシュレス(カード決済)になっています、とのこと。

という、本当にあった話、実話です。  (カード、持ってないんです。)

実は、スポーツジム歴、結構、長い体験者です。

あの国立競技場の1あったったトレーニングセンター(トレセン)の会員だったことがありました。現役で働いていた時代、外国へ行っていた時をのぞいて、12,3年ほど、会員だった。2~3回は、行っていた。使用していない時には、あの広ーい、400Mトラックを走ったことがありました。雨天で、だめな時には、観客用の座席の裏側の回廊を走りました。マシーンもいろいろ揃っていて、自由に使えました。国立競技場から、赤坂を通り、皇居まで行き、一周5キロの皇居を2周、3周走って、また戻る、を繰り返したこともありました。自由のきく個人タクシーの運転手さんらと仲良くなりました。

もひとつ、北千住駅からすぐのスポーツジム、ここは、14,5年通いました。サウナ、お風呂が利用できるジムで、当時は、銀座や上野、浅草などから、歩いて帰る、を繰り返していて、ここで、サウナ、風呂に入って帰宅、というのが定番でした。地元千住界隈の人たちと、仲良くなりました。突然の閉鎖となり、その後に建てられたのが、今ある理科大学。銭湯が趣味になったのは、あのスポーツジムのお風呂の延長かも、しれません。


2025年1月20日月曜日

快語碌 気づいてみたら 回顧録

気がついたんです、「快語碌」という単語をみていたら、なあんだ! これって回顧録だったんだ、と。

あの時、ホームページ立ち上げの時、助っ人の三輪先生から、ホームページのタイトルをつけなくては、といわれ、準備していなかったので、とっさに出てきた単語が「快語碌」だったというわけなのです。「録」のつもりが、「碌」となっていた、これは、後で気づいたことなのですが。ま、そういうわけで、後で考えたことなのですが、好き勝手なことを、碌でなし放題、そんな内容で、いいかな、と。

結果的には、自分の、これまでの体験を、思い出しながら、雑文を綴ってきたというわけであります。87歳も生き続けてきたので、その体験も、半端じゃない。

生まれたのが、東京の木挽町、現在の東銀座。疎開先の埼玉で、終戦を体験、小中学校時代は、親の放し飼い教育方針で、ガキ大将、ソフトボールを、都立高校時代は、バスケットボール部で活躍、落研にはまったのも、高校時代でした。大学時代は、学生運動にかまけて、ほとんど勉強らしい勉強はせず、もっぱらガリ版の印刷物(ビラ)の鉄板書きに専念していました。よく卒業できたものです。

「それから」の人生は、一転して、真面目に働く人たちのため、独立したばかりの途上国の人たちのため、を掲げての日々でした。運がよかったというか、その間に、留学体験をすることが出来ました。イスラエルでは、独立間もない国づくりに励むユダヤ人たちを、まじかに体験、アメリカ、西ドイツで、学ぶ機会を得ました。

こうした留学体験のおかげで、JICA(国際事業団)、そして国際機関・UNDP(国連開発会議)で働くことになりました。国際会議や、国際的な各種イベント、選挙監視団などへの出席、参加をしました。

海外の友人たちが、早め現役引退を決めるので、あとさき考えずに、「やめた!」、と隠居生活に。ちょうど、その年、1995年1月、あの阪神・淡路大震災。今年で、30年たったとのニュース。そうなんです、あれから、30年がたちました。大地震の映像を見ながら、隠居生活、30年も、と感慨深いものがあります。

もうすぐかな、もう少しかな、そんなことを思いながら、新しい年を迎えました。



2025年1月13日月曜日

ブレジネフ 次に会った ジミー カーター

アメリカ大統領だったジミー・カーターさんが亡くなった。長寿、100歳、の大統領。国葬が行われ、日本からは、元首相の菅さんが列席されたと報道されていた。

そのカーター大統領に、お会いしたことがあります。1979年、モスクワのクレムリンで、ヨーロッパの政党代表らと、当時の共産党書記長のブレジネフさんに会い、その足でワシントンを訪問。ホワイトハウスで、カーターさんと会いました。会談のテーマは、「軍縮問題」。その年の6月に、米ソ首脳よるSALT軍縮制限条約が調印され、その流れでの両首脳との会談だった。カーター大統領は、ニコニコ顔で、ひとり、ひとりと丁寧な握手を交わしておられたのを、思い出します。クレムリンでの仏頂面のブレジネフさんとは、対照的だったのを覚えています。

カーターさんは、大統領をやめてからも、中東和平や米中関係など、多岐にわたる活動でノーベル平和賞を受理されました。そういえば、大統領だったオバマさんも、ノーベル平和賞を受理されたいます。次期大統領の〇〇〇さんも、ノーベル賞を狙っておられるのか。

新しい年、2025年になり、なにか変わるのか、少しだけ、期待しています。

ウクライナ戦争が終わるか、人質を取り返し、ガザに平和の日がくるか、スーダンの内戦が終わり、人々が国に戻れるか。

日本は、どうなるか。国会が正常に機能するか、政治家たちが、国民のことを本気で考えてくれるか。国民は、といえば、人々が、「足るを知る」精神で、生活するようになれるか。もちょっと、居心地よく、日々を暮らしたい、新年の願いです。




2025年1月2日木曜日

幸せは ウイーンワルツの とし始め

1月1日、夜7時30分、ウィーンからのテレビの実況中継。「ウィーン ニューイヤーコンサート」。どこへも行かない正月を過ごすようになってから、毎年、楽しみな番組です。今年の指揮者は、リカルド・ムーテイ。いつものように、シュトラウスのワルツが主流です。2時間ほどの演奏、今年も楽しかった。イタリア人のムーテイさんが、イタリア語で「愛と平和の世界に」、と新年の挨拶。最後のラデツキー行進曲、観客といっしょに手をたたいていました。

このウイーン ニューイヤーコンサート、行ったことがあります。ウイーンのテレビ局勤務の友人に入場券を手配してもらい、日本のNHKのスタッフということにして、入場したのでした。音楽の都ウイーンの学友会ホール、独特の雰囲気でした。同じホールでの「ワーグナー週間」では、6日間、毎日、ワーグナーの曲を演奏するもので、この時は、近くの高級ホテルの一番安価な部屋を予約、ホテルのコンシェルジュのおじさんにお世話になり、ホールの、その日のキャンセル席を手配してもらい、2000円くらいの安い切符で、ワーグナーの歌劇など、名曲を堪能したのでした。

1月2日、今日は、朝から箱根駅伝。2日がかりで、大学のランナーたちが、箱根芦ノ湖を往復する、駅伝。2日は、往路、明日3日は、復路。

当時、旧街道の旅を楽しんでいました。江戸の日本橋(東京)から京の三条大橋(京都)間の旧東海道は、トータルで7往復しました。

この日は、三条大橋からの旅の道中でした。箱根駅伝に合わせての旅で、この時間帯に復路のランナーたちが、箱根の山を駆け下り、小田原の駅(小田急)あたりを走りおりてくる、その時間です。沿道には、各大学の応援処が設置されており、先輩や家族らがいました。「京都から走ってきた」、というと、用意されていたお菓子や、熱いお茶をふるまってくれました。レースで走っている選手たちのスピードは、とにかく速い。仲間の東海道旅人の友人が、公衆電話で、自宅に電話、「今、小田原、駅伝の選手たちが、走ってる」、「あっ今走っていく」、と実況中継。あの頃は、携帯電話は復旧していなかった。

今年も、1月2日、箱根駅伝の正月です。