2022年10月31日月曜日

楽隠居日記 (10/23~29)

大臣が 辞めても支持率 そのまんま                                          10月23日(日) 朝の気温が、10度以下とのことだったので、寒い。本日は、しかし、一日中晴れというので、朝から機嫌がよろしい。時間をかけて、ゆっくり新聞を読む。これこそ隠居の醍醐味っていうことか。どの新聞も、現政権の大臣たちの、統一教会関連関係についての記事で満載。新聞のテレビ番組を見ると、午前、午後とも国会の予算委員会の中継が放映されるとある。で、論戦の始まる9時から、テレビにくぎづけ。糾弾側の野党の質問、あまりにもくだらない、下品。に対しての疑いのかかった大臣の返答、これまた、聞いていられない、不思議な日本語でした。任命責任を問われた総理大臣、「個々の議員が、正直に誠意をもって、国民に説明をすることが大切」、だなんて、言っておられました。外は、晴れてはいるけれど、寒い。「やーめた!」、と叫んで、出かけました。綾瀬に出て、亀有まで、ひと駅だけれども、電車に乗る。ここから、京成路線バスに乗車。30分かけて新小岩へ。浅草行きもあるけれど、インバウンドで混雑しているらしいので、だめ。環七を走り、新小岩駅着。そのまま、綾瀬行きに乗り換えて、帰宅。3時、まだ、晴れていた。

リハビリに 踏み台加えて まだやる                        10月24日(月) 霧雨程度の雨だったので、予定通りウオーキング。歩いているうちに止んでくれた。ほんの少し、濡れただけ。この日は、一日中、降ったり、止んだりだった。昼の温度が16度、寒い一日。3PO(さんぽ)から戻り、本日から、朝のトレーニングに一種増やした。踏み台を、登ったり、降りたり、左右30回、というもの。駅の階段など、結構段差の多い「外」、これって必要、有効ですよね。本日も、予算委員会のテレビ。内容はわかっているのに、やっぱり見てしまう。民主主義って、面倒くさいな、手間暇かかるね、なんていいながら、与野党の論戦(?)を見ている。こんなことしていると、体に悪い、心にも悪い、と1時8分のバスで西新井、乗り換えて王子へ。京浜線で南浦和、武蔵野線で新松戸経由で、綾瀬駅。いつものコース。たまには、都心へ、という気にならないのです。結局、東京都の東端足立区から、さらに東へ、ということになると、こんな路線になってしまう。でも、なんど同じ路線に乗っても、あきない、乗っていることが楽しい、うれしいんですよ。本日も、帰宅してテレビをつけたら、まだ予算委員会、やってました。

商店街 コロッケ食べてる インバウンド                       10月25日(火) 今朝も曇り空。「夕空晴れて 秋風吹き」、なんて日はない。本日は、三ノ輪の銭湯へ行く日。都電に乗ったら、小学生の団体(15,6名)に会った。みなさん、おりこうさんばかり。座席に座らず、全員、たちんぼ。高齢の乗客おばあさんが、「偉いねえ、どこの学校かい」、と尋ねると、豊島区の学校とか。本日も、観光客らしい外国人(韓国人)が乗車していた。終点の三ノ輪駅に着いても、降りる様子がないので、「終点だよ」、というと、ありがとう、と日本語の返事だった。銭湯は、この時間、いつも、5~6人の入浴者っていう状況。同じ時間に、同じ顔、商店のおかみさん、ご隠居さんたちだ。風呂上りに、商店街をゆっくり歩く。と、コロッケを食べながら歩いているインバウンドさんたちに会った。さっき都電に乗っていた人たちと、アメリカ人グループが、いっしょに歩いている。コロッケを食べながら。都心では、こういう風景なんだろう、と思った。 

ふとん干し 洗濯もした 晴れ日和                    10月26日(木)早朝の東の空、本日は、晴天の兆し。それほど、寒くはない。ふとんも干したいし、洗濯も。しかし、午前中に、友人に会う約束があるのだ。コロナで、なかなか会う機会がなかったが、もう、そろそろいいかな、と会うことにしたのだ。10時、約束の綾瀬駅で再会。駅近くのコーヒー店で、2時間ほど、会話。看護師として、働く現役さん。これから、福島の施設に入っているお父さんに会いに行くとのこと。母上が亡くなり、ひとりになったお父さんが施設入りし、定期的に会いに行っているとのことだった。そのために、常勤としての勤務がむづかしいので、非常勤での勤務で、収入も低く、大変と。高齢者の多い病院、施設の現状を、ただただ聞くばかり、大変さが、よくわかった。これから上野へ出て、新幹線で福島までいく、とのことだった。いろいろ考えながらの帰宅。まだ12時。空は晴れ上がっており、それじゃあ、とふとんを干した。洗濯もした。5時近くの夕日、それでも、しっかり乾いた。

私鉄線 ホームは駅の 端っこに                     10月27日(木) 朝9時すぎのバスで、西新井~王子から、大宮駅へ。お天気です。大宮駅は、ここら辺の駅では、最大、大きな駅だ。駅構内には多くのお店が軒を並べている。新幹線だってとまるし、高崎線、東北線、埼京線、川越線などの乗り換え駅だ。東武線のアーバンパーク線、これまでなんどか乗車したが、大宮駅は通過駅で、ここからの乗降りは、はじめて。ひろーい駅構内の、ほとんど端っこに、アーバンパークラインのホームがあった。改札で、スイカを通す。10時すぎだったが、遅い通勤者たちが、どーんと降りてきた。これは赤字路線じゃないんだ、とひと安心。しかし、船橋方面行きの電車には、六両、乗っていたのは、それぞれ数名の客。大宮駅を出て、しばらくは、マンション、アパート群だったが、戸建て、それに畑も広がっており、いなか風景。遠くに筑波山も見える。紅葉は、まだだったが、柿の実が、あっちにも、こっちにも見えた。この景色、車窓からの景色は、なんど見てもあきない。毎回、新鮮なのだ。それなのに、スマホに見入っている人たちの気がしれない、というのは、自分だけなのか。取手駅に着き、いつもの手順で乗り換えて綾瀬まで。本日も、いいちょい乗りだった。

落花生 今年も八街 宅急便                       10月28日(金) 3PO時は、曇り空だったけれど、だんだん晴れてきた。本日は、晴天なり。北朝鮮が、またミサイルを撃ったというニュース。こう頻繁に撃っていると、そっか、またか、という感じになっている自分に気づく。お父上がやんちゃで、有名だった国会議員のご子息、防衛大臣は、深刻な面持ちで、「わが国は、敵の射程に入っており、これをなんとかして防がなくてはならない。国民の命を守るための防衛の見直しが、必要」、と述べておられる。午後、いつもの銭湯へ。都電の線路の両サイドに、薔薇が植えられている。三ノ輪駅周辺は、特にきれい、満開だ。薔薇は、年1回でなく、2回、いや3回も咲くことを知った。手入れは、東京都がやっているが、種類もいろいろ、花の色もいろいろで、カメラーさんたちの被写体に。商店街の八百屋さんで、新採り落花生をみかけた。そういう時期なんです。というわけで、今年も、八街に注文しました。いつも世話になっているみなさんへの、お歳暮がわり。今年の落花生の出来はどうかな。

行くべきか 行かざるべきか 古本まつり                 10月29日(土) なぜか、今朝も曇り空。ダウンは暑いので、薄目のパーカにした。でも、北海道などでは、氷点下の地がいくつもあるらしい。夕べ、きんぴらを作った。ごぼう、にんじん、にレンコンをまぜたきんぴら。今朝、試食したが、なかなかいい味だった。レンコンは、お隣さんからの差し入れで、どうやって食べたものかと、一週間ほど、ほっといたが、料理本「だれでも出来るお料理」調べたら、あった。なるほど、結構、うまい。テレビの首都圏番組を見ていたら、神田神保町古本まつり、の様子が。コロナで、久しぶりの開催とのこと。現役時代、海外出張から、まっすぐ神保町へ直行したこともあった。本を買いすぎて、タクシーで帰ったことも。それらの本で、身動き出来ない事態となり、たいへんな思いで、6か月かけて整理し、処分した。買うまい、もう買うまい、と思いつつ、本屋が気になる。入ると、手にとりたくなる。買いたくなる。と思いつつ、綾瀬駅へ。千代田線、お茶の水方面は、だめ。ということで、我孫子行きに乗った。次の亀有で下車。駅前から出るコミュニティバスでに乗った。これで葛飾区内を時間をかけてぐるっと乗車。神保町は、忘れよう。


                            

2022年10月30日日曜日

楽隠居 この一週間

山の手線 一周しても 210円 

10月16日(日)朝4時、曇り空、といっても、この時間、東の空は、まだ暗い。早朝でも、車は走っている。たまに、バイク、自転車にも合う。夏の間は、運河の遊歩道を歩いていたのだが、街灯がなく、真っ暗なので、コースを変えた。午前中は、町内の周辺掃除の日だったので、それをすませてのお出かけです。空いている道路、交通手段でいつものように西新井駅経由で、王子駅へ。ここまでは、シルバーパス可能。王子駅で、京浜線に乗る。田端駅で、山の手線の外回りに乗りかえる。約1時間かけて一周。上野駅下車、といっても改札は出ない。駅構内の本屋へ。見るだけ、見るだけ、のつもりが、買って、「しまった」、2冊。常磐線で北千住経由で、綾瀬駅まで、で、改札口へ。210円、でした。

雨だけど 傘をさしての ちょい乗りへ

10月17日(月) 予報では、降る、といっていたが、いつもの4時、降っていなかったので、いつものように、歩く。6時半頃、体操をしていたら、降ってきた。8時、電話。こんな朝早くだれからと、おもいながら受話器をとる。シンガポールからだった。夜は、早寝なので、朝の電話。「11月の16日から、東京へ行くので」、とのこと。コロナで、3年ほど、来ることが出来なかったのだ。六本木のマンションで、とのことだった。そういえば六本木、この3年、行ったことがなかった。なんたって、人流の危険地帯だもんね、用もないし。午後は雨だったが、傘をさしてのお出かけ。昨日と同じルートで、王子駅から上野駅へ。ここで本屋の見学。見学だけだったが、常磐線に乗ってから、気になる「本」が、気になり、北千住駅下車。駅ビルの本屋へ。『人新世の資本論』の著者斎藤幸平氏の対談本、でも北千住では見つからなかった。上野駅の本屋にはあったのに。

国会の 論戦見飽きた 銭湯へ

10月18日(火)  小雨に濡れながらのウオーキング。寒い朝。一日中、降ったり、止んだりだった。午前中は、参議院予算委員会の実況テレビに、かじりつくように見入ってしまった。12時、なんか、くたびれた、なんとなく、むなしい。そうだ、こんなことで、貴重な時間を無駄にするなんて、と思いなおして、出かけた。綾瀬駅から町屋駅経由で、都電に乗って三ノ輪へ。ここの商店街のど真ん中にある銭湯「大勝湯」へ。だいたい、週二回ほど、通っている。大正時代に開店の、この銭湯、天井が高く、脱衣所も、風呂場も、広ーく浴槽は、6個もある。もひとつ、気にいってるのは、「水風呂」の存在。番台の女将さんとは、相性がいい。もう、10年以上、通っている。4時に帰宅したら、予算委員会、まだやっていた。

客ひとり 見えた電車に 乗り換えた

10月19日(水) 今朝も、暗い、曇り空。冷たくなったので、手袋の出番。なにしろ両手に、ストックを持つので、手が寒い。国鉄150年関連の本に目を通していたら、「そうだ、乗りに行こう」、と。9時15分のバスに乗る、行く先は、西新井駅、なにしろ、シルバーパス可能なので。もう一回、西新井から、王子駅まで、都バス。王子から赤羽駅へ出て、宇都宮線に乗る。10両編成、先頭、後方の車両がボックスシート、もちろんボックスシートに。客は、3名。利根川を渡る頃、晴れてきた。右に筑波山、左前方に日光の山々が見える。小山駅で下車。新幹線も止まる駅。駅前大学が、白鷗大学。新幹線で通学している学生さんたちもいる。水戸線に乗る。6両編成で、中の2両以外、前後各2両がボックスシートだ。客は、数名ほど。まあ昼の時間帯なので、客は少ないのは、仕方ない。鬼怒川を渡り、下館駅へ、ここで、対向車待ちをしていたら、向こう側のホームに一両編成の電車が止まっている。見ると、乗客はひとり。そっか、あれに乗ろう、と階段を上がり、降りる。階段の下で、係の人らしい男性が、「急がなくて、いいですよ」、と手を振る。こうして、気が変わり、水戸線で友部駅へ行かずに、関東鉄道真岡線に乗り換えた。発車時、乗客4名、地方の赤字私鉄路線です。なんどめかな、この路線。でも、すずなりの柿、稲刈りを終えた田んぼ、紅葉はまだだけれども、充分に「秋」を感じられる乗り鉄だった。ワンマンの運転手さんの鼻マスがおかしかった。筑波山も見えた。乗客の乗り降りは、残念ながら、ほとんどなく、ガラ空きのまま守谷へ。80分も乗ったので、ここで、つくばエクスプレスに乗り替えた。真岡線、ここまでで1310円。守谷駅から八潮駅へ。20分くらいだった。つくばエクスプレス・TXは、スピードも速いけれど、運賃も安くない。

時刻表 発売20日 なぜないの

10月20日(木)  今日は、快晴、4時でも、東の空は、うっすら明るい。この天気、旅どころではない、洗濯だ、ふとんも干そう。そうだ、衣替えもしよう、というわけで、家事労働。朝がはやかったので、午後1時には、全て終了。ちょこっと、おでかけ。綾瀬駅前のヨーカ堂4階にできたばかりの大型本屋。毎月20日、JR,交通公社それぞれが、時刻表(本)を発売する。どちらかといえば、JR派だが、たまには、交通公社モノも買う。ところが、まだ入荷していない、とのこと。本屋のスタッフ「そうなんですか、JRの時刻表、毎月20日ですか」、だって。それくらい、覚えておけよ。

朝の4時 下弦の月が 西の空

10月21日(金)寒い。早朝ウオーキング、家を出て、西に向かって歩き、ターンして東に向かう、というのがパターン。家を出て、すぐに西の空に、下弦の月。本日も晴れ。だから寒いのだろう。朝食は、夕べのに残りのシチューをあたためて食べた。今週は、うどん、そば食が多かった。午後、三ノ輪の銭湯へ。なにしろ、都電に乗れるのがいい。都電が好きなんです。それに、シルバーパスが使えるのもいい。風呂上りに、商店街の八百屋で、栗を買ってきた。昔は、旅の途中で、特に東北、奥の細道を歩いた時は、栗をずいぶん拾ったもんだ。

旅友の 宅急便は 丹波豆

10月22日(日)  いつもほど寒くない。帽子も毛糸モノ、手袋、それに、真冬用のダウン上着、にしたので、寒さ、感じなくなったのかも。曇り空。月は、もうない。牛乳配達のおじさんから、なぜか、「早いね、頑張ってるね」、と声かけがあった。はじめて、だ。「あんたも、がんばってるね、」、とお互いにエール交換。朝の4時すぎ、歩いている人なんか、めったにいない。9時すぎ、宅急便。丹波篠山の黒豆の枝豆が2箱も届いた。コロナ期に入ってからは、いったんお休みしていたが、もう、何年くらいになるかな、毎年送られてくる。送り主は、神戸在住の旅友。さっそく、ご近所さんにおすそ分け。茹でて食べました。うまい。感謝。丹波篠山は、西国巡礼に行った際に、訪れたことがある。午後は、綾瀬から金町へ。ここから、バスで新小岩へ。だだ乗るだけで、綾瀬駅に戻る。夜は、湯豆腐、納豆、めざしで、ご飯は、仙台からの宅急便の新米。



2022年10月20日木曜日

武蔵野線 その先乗ったら デイズニーランド

いつものように、なんとなくバスに乗り、王子駅へ。ここから田端駅へ出て、山手線でも一周するか。と、すぐに来たのが南浦和行きの京浜東北。乗った。南浦和駅で下車。昼すぎの武蔵野線は、学生はいるが、一般乗客は、それほど乗っていない。途中のレイクタウン駅で、乗客の入れ替えはあったものの、まあ、ガラすき状態。武蔵野線は、府中本町から西船橋駅の71キロ、西船橋までは、なんどか乗ったことがあるけれど、この電車、行く先、つまりか。終点が、なんと「東京駅」となっており、それじゃあ東京駅まで行ってみようか。

西船橋駅から、千葉県の市川塩浜駅を通り、ここからが、京葉線になる。実は、この路線は、はじめての乗車。地下鉄日比谷線の八丁堀で、京葉線乗り換え、のアナウンスは、ちょくちょく耳にしてはいたが、実際、どこを走っているのか、知らなかった。

西浦安を通り、舞浜駅へ。と、ここで、あのデイズ二ーランドのみやげ袋をかかえた子どもたちが、ドーンと乗ってきた。外を見ると、デイズ二ーランド、お城や、いくつもの施設が眼下に広がっている。広い駐車場も見えるが、多くの人たちは、電車で来るのだ。

デイズ二ーで、遊び疲れたのか、子どもも、親たちも、すぐに眠っている。お金、かかるんだろうな。行ったことないので、どんな様子なのか、わからないけれど、ご近所のデイズ二ー好きのお母さんは、「とにかく、お金がかかるんだよね、デイズ二ーは、なんでも高い」、と言っている。でも、アメリカのデイズ二ランドは、2回行ったので、内部の様子はなんとなくわかる。

この後、京葉線は、都の湾岸施設を見ながら走る。ずいぶん、高層ビルが建ったものだ。ここに、多くの人口が住んでおり、朝晩、住人たちが京葉線に乗って通勤しているのだ。間もなく地下に入る。八丁堀をすぎ、東京駅へ。終点。デイズ二ーランド袋を持った人たち、結構、満員だったようだ。東京駅の地下。ここから、始まったのが「動く通路」。空港などにある平らな動く通路。たしか、新宿駅にもあった。列に並ぶのがいやな人たちは、通路の横を歩く。この動く通路、3回、乗り換えた。ようやく改札が見えた。

丸ビルサイドに出て、丸善で立ち読みをして、西新井行きのバスに乗り、途中で、都電に乗り換えて、帰宅。5時、ちょっと前だった。

2022年10月9日日曜日

紅葉は まだか どこかと 路線バス

朝から雨。今日は10月6日。予報では、一日中、雨模様とのこと。明日も、明後日も、同じような天気とか。ぐーんと、寒くなるとも。

「それなら、今日、行くべき」、と決めたのは、朝、4時半。勿論、傘持参での、ちょい旅です。

家の前を、一日6本しか走っていないコミュニティバスで、西新井駅まで。池袋行き都バスに乗りかえて、王子駅へ。もちろん、シルバーパスOK。王子駅から京浜東北線で赤羽へ。ここで、高崎線に乗りかえる。階段 を降りて、お隣ホームへ。と、発車のベルが鳴っていて、滑り込みセーフ。10時40分の籠原行き。いちばん前車両の、ボックスシート席。がら空きでした。理想的な乗り鉄のはじまり。グリーン車もついており、しかし、高崎まで行かない列車なので、空いている、ボックスシート車両も、客は少ない。にんまり、です。

荒川の鉄橋を渡る。下流の岩淵水門あたりが、雨でけぶっている。いいね、いいね、雨の車窓も、なかなかです。車内の各地の交通状況のお知らせにでは、あっちの路線、こっちの路線で、事故、確認などでの見合わせとか、遅延が多いようです。この電車、通常通りに走っています、おもわず、よろしい、ありがとう。

新都心駅では、ホームで待っていた人、2名。降りた人、なし。これでは、JR、経営は大変なはずです。大宮駅では、ドアが開くと、とーんと外気が入ってくる。寒い。この感覚、久しぶり。

4人掛けボックスシート、その後も、客なしで、ひとり独占のまま、11時36分、熊谷駅着。ここで下車。まっすぐ駅前のバス停へ。待つ人ゼロ。「小川」行きをチェック。なんと1時間半後の13時発。待つか、あきらめるか、一瞬考える。小川行きバスは、山間部を走るので、紅葉を楽しめるはずの路線バス。せっかく来たのだから、やっぱり乗ろう。

駅構内に戻り、「うどん屋」へ。熊谷名物のうどん、埼玉県は、うどん県で、県内、どこでもうどんがうまい。ここは、良く知られている店で、なんどか来たことがある。秩父鉄道での乗り鉄の時でも、うどんのためにここで下車する。かけうどん、550円。この後は、お隣に新設された大型本屋で時間をつぶす。椅子が3個あり、そこで、読書。買わない、買わないを繰り返しながら、立ち読みでない、座り読み。といっても、やっぱり買ってしまった、1冊。中央公論10月号ー「ポスト資本主義、斎藤幸平x佐藤優」が読んでみたくなり、買ってしまった。

13時、きっちりのバスに乗った。乗客3名。バスは、熊谷市内の国道を、しばらくはしる。熊谷名物の五家寶店、以前は、何軒かあったのが、今は、一軒のみ。老舗デパートの八木橋も近くにできたイオンモールに押され気味とか。

バスは、荒川を渡る。まっすぐは、松山方面、小川行きは、右折。あとは、畑と林の中を行く。紅葉、ぜんぜんだめ。まだまだの状況です。早すぎた。乗客2名は、いつの間にか下車していて、ひとり客になっていた。14時、終点の小川駅着。スイカでOK。690円だった。このバスは、すぐに熊谷駅に戻る。どうしようか、一瞬思った。雨も降っており、やっぱり、やめとこう。到着した電車からの客数名が、迎えの車を待っていた。不便なところなんです。駅前の「おからドーナツ」店で、ドーナツを2個買って、食べながら14時22分の池袋快速に乗る。東武東上線、途中の大学のある駅で、若者たちがどーんと乗ってきた。この頃の学生たちって、あまりお喋りをしない。ほぼ全員、スマホとお話し中です。だからとても静か。電車の走る音が、なんとも心地よく、紅葉、だめだったけれど、ま、しかたない。出直しします。

2022年10月3日月曜日

国葬に 参列した

といっても、最近行われた日本の元総理のことではありません。

この9月25日は、日中国交正常化が実現した日。田中角栄首相が、北京で日中共同声明に調印した日、1972年(昭和47年)のことだった。

その日中関係史に、中国側の実質的に活躍されたのが、廖承志、中日友好協会会長だ。その廖承志さんの葬儀に参列した。1983、ずいぶん昔のことだ。実は、当時、参列はしたもの廖承志さんのことは、あまり理解していなかった。で、調べてみた。

日本が、戦前、戦中、中国で何をしたのか、学校では、それほど学ばなかったが、それなりに知っていた。だから、中国の人たちが、日本を恨んでいたことも。

そんな中国との関係をなんとかしようと、日本の財界人、文化人が、積極的に活動をしていた。まだ、国交が樹立する前のこと。多くの日本の財界人が、訪中し、中国のための協力を行っていた。文化人たちも、さまざまな交流のため中国各地を訪れていた。その中日交流の中国側の窓口が廖承志さんだった。

その間、中国では、全国的な食糧危機や文化大革命などの国難があり、日本でも、反共の岸信介 内閣が誕生、対中関係は、悪化。そうした状況の中、突然のアメリカによる、ピンポン外交で、アメリカが中国を承認。で、田中首相の北京訪問となり、日中共同声明に至ったという次第。

このような歴史の流れの中で、重要な役割を果たされたのが、廖承志氏。北京での葬儀に、なんで、杉村春子さんや、有吉佐和子さんが参列されていたことが、今になって、よくわかった、という次第です。40余年経って、今になって理解した、時間がかかったもんです。

日本でも、最近、偉かった人の国葬が行われ、海外からも要人が多く参列されたということで、そういえば、自分も、現役時代、職務で、海外での葬儀に参列したことがあったっけ、と思い出した。

1983年6月、北京での、廖承志氏、中日友好協会会長、の葬儀

1986年3月、ストックホルムでの、オロフ・パルメ氏、スウェーデンの現役首相で、テロによる暗殺。日本からは、福田赳夫元首相が参列された。福田康夫さん(元首相)がご一緒だった。

1992年2月、社会主義インターナショナル議長の、ウイリー・ブラント氏の葬儀、ベルリンの市長でもあったブラントさんの葬儀は、ベルリンで行われた。日本政府を代表して、海部俊樹元首相が参列されていた。

偉い人が亡くなり、海外からの参列者の多い葬儀会場周辺で、「葬儀反対!」のデモは、経験したことがない。

なお、対中関係だが、今の中国とは、はかばかしくない。経済でも、日本は抜かれ、軍事的にも、核保有国となり、中国は、今や世界の大国。なんとなく、友好というよりも、憂慮を感じる、日本国民です。