2018年11月28日水曜日

うまいもん 秋

秋だ うまいもんだ
11月もあと3日で、今年最後の月12月。
ここのところ、旅に出ず、神明町で日々を過ごしている。一日一品料理に挑戦中。
(実は、ゆ友の料理上手な方から、嫁いできて、姑さんから、一日一品料理を伝授され、料理上手になったとのこと)。で、今からでも遅くない、やるか、と。
山芋(自然薯) 上州の親戚から毎年届く山芋。今年も届いた。2本あったので、1本をご近所さんにお裾分けしたら、お返しにまぐろのぶつをいただいた。擦った山芋が多いので
まぐろにかけて食す。さすが秋の代表的な味覚です。うまい。のどごしもよろしい。しっかり完食。ところが、後が続かなかった。山芋だけで、満腹状態に。せっかく炊いて新米ご飯、一粒も食べられなかった。寝てからも、なんとなく胃が重たく、山芋は、当分食べない。ちなみに、同じサイズ、もう1本の山芋は、家族4人で食べたそうです。
おでん  目の前のコンビニでは、まだ残暑の9月からおでんを売っている。11月に入り、そろそろおでん、か、と買ってみた。いちばんの売れ筋は、大根、ソーセージ、揚げに具が入っている袋もの、だそうだ。つくね棒、ちくわぶ 、こんにゃくなどを買った。
結構、おいしかった。翌日、自前のネタでおでんづくり。まあまあの出来ばえ、ご近所さ
んに宅配。
あじ  さんまとあじ、どちらがうまいか、の論争後、スーパーへ。さんまよりあじの方
が安かったので(一匹100円)あじにした。内心、さんまのつもりだったが、ま、いいかとあじ二匹購入。適当にさばいて、大根と煮た。味がしみるまでしっくり。試食してみたらなーんと、しょっぱい。それでは、と水をたして味を薄めたら、あじも、大根もぐちゃぐちゃになってしまい、人さまには、提供不可の状態でした。あじの味よくなかった。
きんぴら  朝の3P0で、採れ立ての人参をいただいた。で、挑戦は、きんぴらごぼう。
ごぼうを買ってきて、シュトラウスのワルツなどを聴きながら、時間をかけて、人参、ごぼうをこまかく切った。途中で、包丁を研いだりして、1時間ほどかかった。ごま油で炒め
唐辛子をふりかけ、出来上がり。どうかな、つぶやきながら、残っていた根ショウガを千切りにして入れてみた。この隠し味が大成功。ご近所さんから、料亭の味と褒められた。
かぼちゃとさつまいも煮  ハロウィンで売れ残ったかぼちゃをいただいた。農家のHさんちで、掘りたてのさつまいもを貰ったので、この際だから、いっしょに煮てみよう、と。味つけは、砂糖と醤油。よく煮過ぎで、かぼちゃの黄色、さつまイモの白がまぜこぜになったあんこ状態。スプーンで食べた。でも、まずくない。
ボジョレーヌーボー  テレビ、新聞などで解禁が報じられ、綾瀬のスーパーマーケット
でも特設コーナーに並んでいたが、買う気なし。と、普段あまり親しくしていない風呂友が「あの、ワイン好きですか」、というので。ええ、まあと。ボジョレーヌーボー、買ってみたけれど、「口にあいそうもないので」、とまだ栓をぬいていないボトルを下さっ
た。さっそくチーズクラッカーで、試飲してみたが、うーん、うまくない。騒ぐほどない
今年のボジョレー、それでも、いただきました。
八街の落花生  千葉県の八街(やちまた)、福島原発後、汚染の風評があった八街へ行ってみた。街中を歩き、老舗らしき構えの店で、ご主人と落花生談義。「八街の落花生は
安全、安心」、というポスターをいただいて帰った。今年で、7年めになる。毎年11月
になると、注文している。ポリフェノール、オレイン酸、ビタミンE,Bも含まれているという落花生。今年も食べてます。


2018年11月19日月曜日

芸術の秋

オペラ『AIDA・アイーダ』 11月5日
 MET(米メトロポリタン歌劇場)で上演のオペラの名作が、東京で観ることが出来る。東劇の大スクリーン映像で、結構臨場感あるオペラだ。数年前から東銀座に通っている。東劇で、『寅さん』シリーズを一挙に上映したのを、観に行った時に、オペラのライブ上映を知ったのだ。この日の出し物は、ヴェルディのアイーダ。エジプトに囚われたエチオピアの王妃が、エジプト軍士官と恋に陥り、二人とも死んでしまうというストーリー。エチオピアとの戦闘で勝利したエジプト軍の兵士、人民たちによる凱旋の合唱、これが見どころ、聴きどころ。同じヴェルディの『ナブッコ』の合唱も聴き応えがあるが、アイーダもいい。現役時代、アイーダ見物のためにローマへ行き、たしかカラカラ浴場だったかで、ホンモノの馬が出てくるシーンに感動した。METの舞台装置もなかなか壮大だった。

上野で『ムンク展』 11月7日  ついでに青森物産展
 一年ほど前からPRしてきたムンク作品の展覧会が、始まった。上野公園で青森物産展があるというので、ついでに行ってみるかと出かけた。物産展は、絵を観てからと東京都美術館へ。入館の際に、ちょいと並んだが、会場は、それほど混んではいなかった。ナマの絵の具を塗りたくったような「・・・・魂の叫び」の絵の前は、さすが混んでいた。説明によると、あの絵は、同じ作品が4枚あるとのこと。オスロから東京に出稼ぎにきていても、あと3枚があるということ。オスロで、ムンク美術館へ行ったが、連れていってくれたノルウェーの友人も、自慢するでもなく、特段、感動しなかった気がする。ムンクさんは、自画像が好きらしい。何枚もあった。もういいや、と公園内の物産展へ。ちょうどちんどん屋が演奏(?)を始めたところだった。ちんどん屋が、なんとも好みなのです。吉幾三の演歌が次々に演奏され、会場内の物産のブースをまわる。オンナ3人の演奏で、リーダーらしき女性が、会場内コースをずっとついてくる人(私)に気づき、時々目くばせなど。。。。結局、30分ほど、ちんどんの追っかけをして、ニシンの粕漬(700円)を購入。湯島まで歩いて千代田線で帰宅。ムンクより、ちんどんの方がよかったな。

マイク・ムーア映画『華氏119』  11月9日
 ムーア監督の映画は、N.Y.貿易センタービル爆破を題材にした・・・911、あれは衝撃的だった。今回の・・・119、は、2年前の11月9日、トランプがアメリカ大統領選挙の勝利宣言をした日だ。オバマの後、民主党のヒラリークリントンが、女性初の米大統領になる、と信じて疑わなかった。が、なんと、自分ファーストのトランプが大統領に。
トランプ大統領のこの二年間、アメリカの社会は、どう変わったか。社会派の監督が、民主、共和党政治家たち、支持者たち、ワシントンのホワイトハウスの内情などを、真実みたいな、風刺みたいな映像に仕上げていて、観る者たちにアメリカ社会の分断の実態を投げかけている。フロリダの銃乱射事件で、銃規制運動に立ち上がった高校生たち、ウエストバージニアの公立校の教員のストライキ、水道汚染で鉛中毒患者を出したミシガン州の
共和党知事とトランプ大統領との関係、などなど。中間選挙を意識しての封切映画。選挙では、上院はトランプの共和党が、下院は、民主党が勝利するとの結果だった。

 




 

2018年11月3日土曜日

「今は、もう秋」-小さな旅ふたつ

日光わたらせ渓谷鉄道 10月29日
 韓国の鉄旅で、紅葉を愛でてきたので、それでは、わが日本国の「秋」を、と出かけた。いつも通り、なんとなく日光方面へ。東武線(今は、スカイツリーラインという)で
日光へ。なんども乗っているのに、気づかなかったこと。この路線には、トンネルがありません。着いた東武日光駅前の路線バス乗り場、行列が長ーく、整理係が3人もいた。中禅寺湖往きバス、座席に座れず、立ちんぼ客で満杯。立ったまんまで、あのいろは坂を往くのか。ほぼ全員、外国人観光客だ。秋晴れの、日光日和なのに、難儀な路線バス。
 中禅寺湖方面は、あきらめて、わたらせ渓谷へ行ってみようと決めた。すぐ下のJR日光駅前からのコミュニテイバスで、足尾方面へ。道が狭いので、交通量は少ない。紅葉の盛りは、ちょい過ぎた感じ。茶色くなった葉っぱが、風で飛んでいる。
 長いトンネルを出ると、景色は一変、秋景色。両サイドの山々も、秋模様、よろしい。
 わたらせ渓谷の終点間藤駅でバス下車。観光バスが2台とまっており、無人駅の駅舎内、プラットホームで、電車を待っていた。30分ほど待って、列車到着。2両編成。旧足尾銅山の記念館あたり、平日なので人気(ひとけ)なし。一日一往復(大間々~間藤間)のトロッコ列車は、春の桜、秋の紅葉時に運転されていて、途中駅ですれ違った。間藤駅で乗車の団体さんたちは、20分ほど乗って下車。駅前には、バスが先回りして待っていた。
 桜もいいけれど、渡良瀬川の清流を、赤、黄色の葉っぱが流れていく様子、たしかに今は、もう秋、です。
     花のない しだれ桜の 秋わびし
 桐生駅が終点だけれども、途中の相老駅でおりて、太田からきた浅草行きに乗った。持参のおにぎりを食べながら、帰宅。 わたらせ渓谷鉄道ーわ鐡(90分・1050円)

奥多摩湖・山梨小菅村  10月31日
 せっかく行った日光が、なんとなくいまひとつ、消化不良の紅葉見物だったので、それでは西へ、と都内西のはずれ奥多摩湖へ。東京、東のはずれ神明町からは、まさに東京横断、千代田線、中央線、奥多摩線を乗り継ぎ、3時間がかりで奥多摩駅(氷川駅)到着。
青梅から二両編成の電車には、座れない人もいたほどの満員状態。中高年登山愛好家の人
たち。どちらかというと、オンナが多い。彼女たちのいでたちがなかなか。登山靴、上下登山着、色とりどりのブレーカー、安くないブランドもの、カネがかかっている。日帰りのはずなのに、なんであんなに大荷物なのか。
 駅前で待っていた路線バス数台が、発車。駅員が、乗らなかったんですか、と。これから行くところを決めようか、と言うと、「そうですか」。
 駅にあったパンフレットを読んだりしていたら、バスが一台車庫から出てきた。行き先は、小菅の湯行き。乗りますか、と運転手。で、乗車。乗客ひとりで、発車。いい天気。
道路際の表示では、12℃、風なし。40分ほど奥多摩湖を見ながらのバス旅。運転手さんによると、紅葉の見ごろは、あと一週間だね、とのこと。それでも、山々は、充分「秋」風景。『ここから小菅村』の標識。運転手さん、「お客さん、もし、東京のシルバーパスならば、この先は使えませんよ」。そっか、ここで降りるわけにはいかないな、と終点まで行くことにした。ところが、です。山梨県に入ったとたん、景色は一変、それは、それは、素晴らしい紅葉風景。赤は、真っ赤、黄色は、真っ黄色、農家の軒には、びっしりの吊るし柿、視界の周辺の山、秋一色。運転手さんも、ここは、いいね、きれいだね、と。山梨県の小菅村、ここの温泉には、塩山から歩き、大菩薩峠に登った時、下山し、入ったことがある。終点なので下車。時計を見たらまだ12時前。塩山行きのバスも、奥多摩駅へのバスも、2時すぎなので、温泉で時間をつぶすのも、とこのバスで戻ることにした。「温泉にきたんじゃないんですか」、という運転手さんのバスで、帰りも乗客ひとりで発車。途中の奥多摩湖バス停で3人乗車、1時すぎには、始発、終点の奥多摩湖駅着。帰りの電車は、青梅、立川までは、がらすき。さすが中央線、立川駅からは満杯だった。シルバーパスが使えなかったが、小菅村、紅葉、よかった。

2018年11月2日金曜日

往きも帰りも、船の旅ー韓国

韓国の旅 10月20~24日
 4月に山陰の乗り鉄の際に、境港へ行った。ここからロシアのウラジオストック、韓国の東海(トンヘイ)へ船で行けることを知った。7月のウラジオストックへは、日程の都合で成田から空路だったが、韓国は、船でと決めていた。海外へは、これまで、成田や、羽田から飛行機でという旅だったが、船で出国してみたかったのだ。今回の旅の第一目的は、飛行機に乗らず、海路で往復する旅。
   10月20日(土) 19:00 境港出発            船中泊
   10月21日(日) 09:00 韓国東海港泊
                   東海駅~江陵駅経由~ソウル駅へ  
             16:29 ソウル駅着           ソウル泊
   10月22日(月)                       ソウル泊
   10月23日(火) 07:50 ソウル駅発~釜山駅へ
             10:07 釜山駅着 
             15:00 釜山港発            船中泊
   10月24日(水) 10:00 大阪南港着
「ゲゲゲの 」境港
水木しげるの出身地境港へは、東京駅から新幹線で岡山へ、ここから特急で米子へ。境港線(JR)で終点の境港駅へ。神明町から約8時間。ちなみに、境港線の駅には、「ゲゲゲ 」に出てくる妖怪の駅名がついている。駅前には、約1キロ、キタロードなるものがあって、妖怪のモニュメント、妖怪まんじゅう、妖怪アイス、妖怪グッヅ店がずらっと軒を連ねており、週末の観光客がぞろぞろ歩いていた。「ヨーカイ」、「ソーカイ」。
ロシア国籍船イースタンドリーム
境港からは、沖ノ島行きの船も出るが、ロシア行きも、韓国行きも、ここからではなく、バスで20分ほど乗った港の幅先端が船着き場。この日の乗船者は、9週間の日本国内旅をしたというドイツ人カップル(大荷物4個)、ロシア人若者男女4名、時間ぎりぎりに到着したバス2台の韓国人団体客、チャリ旅の韓国人男性6人組、欧米系らしい中高年のひとり旅男性、船にご一緒する客、こんな感じで、100人前後。時間になり、出国手続きの列に並んだが、パスポートをちょいと覗いただけの超簡単なもの。岸壁の船は、予想していたより大きい(2万トン)。ロシアと韓国を行ったり、来たりしている船だ。
 乗船が、なんと縄梯子。ユーㇻユーラ揺れる、足を乗せた板きれの下に地面が見える。
大荷物を持った乗船客たちには、韓国人らしいスタッフが手伝っていた。
 船室は、2段ベッドで8名部屋。枕、毛布、シーツ付。幅も高さも、シベリア鉄道よりずっと広い。ドイツ人カップル、欧米系男性の4名だったので、ゆったりだった。トイレは、さすがにきれい、シベリアよりずっときれいだった.船内には、免税店、コンビニ(駄菓子、カップ麺など)、サウナもある。免税店には、ロシアのみやげも陳列していた。食堂もあるが、持ち込みのパン、コーヒーですませた。船内では、日本円、米ドル、韓ウオンが通用可。
 ま夜中にトイレに起きた時、デッキに出てみたら、船は停泊中。遠くに灯りが見えた。
もう韓国領なのか。時間つぶしをしていたようだ。
 朝、6時32分、水平線の下から、そろそろ上がってくる「太陽」を、しっかり鑑賞。
東海港についた 
 船は予定の時間に到着。ここは韓国。入国手続きが、韓国人優先で、日本から持ち込みの大きな荷物の検査で1時間ほど待たされた。手続きは、簡単だったが、出た時には、人はほとんどいなかった。港湾の銀行で換金をしていたら、もうひとりの乗船者の日本人女性に会った。あちらも、日本人乗客は自分だけかと思っていました、と。ここからウラジオストックへ行くとのことだった。
 外へ出たら、客待ちのタクシーが数台停まっていて、どこへ行くのか、というので、東海駅、というと、ひとりの運転手が、「乗りなよ」、と。持参の地図を見せながら、歩いて行くので、と断った。と、別のタクシードライバーが、「そうだ、そうだ、歩いていきなさい」、といい、手にした地図の駅を指でさして、15分くらいだよ、と。いい天気、韓国でも北の地なのに寒くない。道路も整備しており、しかし、ほとんど車は、走っていない。人の姿もない。静かな地方都市っていう感じ。日本の地方と変わらない、いいね、とひとりごと。と、後の方から、車のクラクション。さっきのタクシードライバー。丸顔、首に金のネックレス、薄い色の眼鏡、紫色のダウン、お洒落さんドライバー。「まっすぐ行って、線路が見えたら右に行くと駅だよ」、と大声で叫んで走っていった。
 駅が見えてきた。と、あのタクシードライバーさんが、手を振って迎えてくれた。駅舎の入口まで連れていってくれて、予約しているか、切符持ってるか、と聞くので、切符を見せると、1時間あるね、あと10分で来る列車もあるよ、と教えてくれた。それなら、と駅窓口で変更手続きをしたら、特急から普通便に変更したので、お金が戻ってきた。タクシードライバーに、報告。と、改札を出る際に、あたたかい缶コーヒーを、「プレゼント」と言って手渡してくれた。「カムサハムニダ」、韓国語で御礼。なお、彼とのこの間の会話hが、日本語、英語、韓語の片言だった。充分意思疎通が出来ていた。
江陵駅からソウルへ
 東海駅から江陵駅(カンヌン)までは、海岸すれすれを走る路線、江ノ電みたいな路線で、海の向こうは日本海、陸の続きは、北朝鮮、その先は、ロシア。韓国人乗客が写真を撮っていた。
江陵駅は、冬季オリンピックのあった平昌(ピョンチャン)のために新設された駅。駅の外には、オリンピックのモニュメントがあった。駅は、ま新しく、空港並みの諸施設だ。この駅から、ソウルまで2時間、釜山までの直行便もある。駅待合室のベンチだけでも500人分くらいある。構内には、わかめ、するめ、貝などのご当地特産品の店もあった。日本のデイカウントショップ、ここではstory wayが、駅中(えきなか)に3店もあった。おにぎりを買ったら、中味は、キムチ。ここは、韓国だ。
 ソウルへの列車は、日本の新幹線。とにかく、トンネルが多い。スピードも、乗り心地も、新幹線。たまーに車窓の視界が開くと、田んぼや、畑、人家などが、下の方に見える。つまり、新幹線は、平地より高い所を走っているのだ。車内座席は、日本は、通路の両側に2席、3席タイプだが、韓国は、1席、2席タイプ。アテンダントという男性が、飲料水のペットボトル、スナック菓子の小箱を配っていた。車内販売なし。自動販売機なし。駅のホームは、各列車の乗車口より低く、大荷物を持ち上げるのが大変。なお、新幹線停車駅には、ホームドア―が設置してあった。発車は、小さな音で、ピー、ピー、ピー
というだけ。各座席毎に充電差し込み有。だからか、パソコン操作の客が少なくない。
ソウルで二泊
 韓国訪問は、なんどもあったが、プライベート訪問は、たしか1968年だった。鍾路区だったことが判明。泊まったのは、YMCAで、韓国人友人の案内で行った「パゴダ公園」。予約していたホテルが、鍾路区だったので、22日朝、周辺を歩いていたら、公園があり、TAPGOL公園との表示。入ってたら、石の説明板があって、なんと旧名が「パゴダ」だった。1913年3月11日、学生たちがこの公園に集まり、朝鮮独立を宣言したという3.1運動で知られる歴史的な公園。当時のソウルは、京城で、日本統治下にあり3.1運動が、この公園から全国に広がった。園内の歴史的な建物六角堂の横のベンチで
2時間ほど沈思黙考。日韓関係の今、北朝鮮のこと、など、歴史的なパゴダ公園で、考えさせられた。ソウル訪問のハイライト。
 夜は、このあたりは、繁華街。屋台が1キロほど続く、賑やかな通りとなる。あめ横、
渋谷の繁華街みたいな通りで、韓国人だけでなく、観光客で賑わうストリートだ。欲しいモノ、買いたいモノもなく、はやばやとホテルへ戻った。
 昼は、パゴダ公園のフェンスの裏側が、「おばあちゃんの原宿」といわれている巣鴨の
韓国版「おじいちゃんのパゴダ」風景だった。50人、60人くらいの高齢男性たちがたまっていて、ゲーム盤に興じる人たち、自動販売機の焼酎(?)を、おでんの串刺しで食べる人たち、なんとも楽しそうな風景だった。日本には、いや東京には、こんな所はない。ソウルが、東京よりも高層ビルだらけで、道路は、終日渋滞、だから大気汚染のビッグシテイ。朝の通勤時、着飾って、さっそうと歩く女性たち、かっこいい。テレビの人気アイドルのプロマイドの店に行列ができている。繁栄する韓国には、まさに目を見張るばかりだったが、別の面も見えたソウルだった。
ソウルから釜山へ
朝いちばんの列車で、釜山へ。早朝のソウル駅、早くから通勤客が地方から乗ってくる。韓国の駅には、改札口がない。車内での検札もない。切符は、券売機で買うが、薄い紙きれ風の切符、有難みが感じられない。無賃乗車、ないのだろうか。
 ソウル駅のホームへの入口には、いわゆる駅弁店が5軒。日本のホットモット店もあった。300~1000Wが駅弁の値段。2時間で着いてしまうので買わなかった。
 途中で停車の駅、太田、大邸で、ネクタイ背広のビジネスエリートたちが下車。韓国でもこうした男性たちが、新幹線通勤をしているのだ。車内アナウンスは、韓語、英語、釜山近くでは、日語もあった。この路線は、トンネルが少ない。団地、工業地帯などが多い
釜山駅は、古いタイプの駅。天井も高くない。構内店も少ないが、ここでサンドイッチを買った。駅前の大通りを渡った向うが、釜山港だ。
釜山港から大阪港へ
 釜山港の乗船ターミナルは、コンビニが1軒、船会社の窓口事務所、それしかなく、体育館なみのだだっ広い建物。出航予定のスケジュール表があり、対馬、福岡、唐津、下関、大阪、となんと、本日の午後便の全てが日本行き。釜山からは、2時間、3時間で着いてしまう日本。韓国は、ほんとうに近い国だというのを実感した。
 午後2時乗船。バンスタードリームは、韓国籍の船で2.5万トン。545人乗り。韓国人団体60人くらい(2組)と、数人ほどの日本人(在日の人も)。乗船は、縄梯子でなくて、建物から続くエスカレーター。さくがは国際港釜山。出国手続きほぼなし。船内ロビーに入るとクラシック音楽の生演奏。イムジチの四季、グノーのアヴェマリア、バイオリンとピアノの生演奏で、欧米系の女性ふたり。この船には、サウナ、カラオケ、日本酒バー、免税店、コンビニなどがある。部屋は、マットレス、シーツ2枚、枕、毛布つきで、6人部屋だが、乗客が少ないので、大阪在住の在日女性(60代)とふたり。毎週この船便で、韓国野菜の買い付けにきているとのこと。たくましい女性の話、しっかり聞くことが出来た。大阪港での再入国審査は、ほぼフリーだった。
 16時30分ー対馬、21時―下関、瀬戸大橋朝6時、明石8時半、大阪南港には24日朝10時着、というスケジュール通りの航行だった。23日の夕陽も感動だった。
 往きも、帰りも、揺れはまるで感じられず、静かな海路だった。停泊が多く、到着港での時間調整をしているようだった。静かな船旅で、海外旅行。