2020年5月23日土曜日

81歳と18歳

道路を暴走するのが 18歳
 逆走するのが 81歳

心がもろいのが 18歳
 骨がもろいのが 81歳

恋におぼれるのが 18歳
 風呂でおぼれるのが 81歳

ドキドキが止まらないのが 18歳
 動悸が止まらないのが 81歳

恋で胸を詰まらさせるのが 18歳
 餅で喉を詰まらせるのが 81歳

自分探しをしているのが 18歳
 みんなが自分を探しているのが 81歳

東京オリンピックに出たいと思うのが 18歳
 東京オリンピックまで生きたいと思うのが 81歳

社会に旅立つのが 18歳
 あの世に旅立つのが 81歳

早く「20歳」になりたいと思うのが 18歳
 できれば「20歳」に戻りたいと思うのが 81歳

「嵐」というと松本潤を思い出すのが 18歳
 「嵐」というと嵐寛寿郎を思い出すのが 81歳

昨日、5月22日、82歳になりました。こんな戯れ言を
みつけました。

2020年5月19日火曜日

ばらが咲いた、ばらが咲いた

今、ばらが見頃です。満開です。
 都電(さくらトラム)の王子駅から三ノ輪橋方向に乗車。
三河島水再生センター(荒川自然公園)駅あたりから、都電の線路両側、ばらが植えてある。終点の三ノ輪橋駅は、まるでばら園。本格的なカメラを持った人たちが、シャッターを押している。
 唯一生き残った荒川線、今は、ここ三ノ輪と早稲田の間を走っている。コロナ前は、外国人観光客が、ずいぶん乗っていたが、今は、ご近所さんたちの足。さくらトラムなんて、粋な名前になった。
 三ノ輪へは、日比谷線や都バスで行けるけれど、やっぱり都電がいい。三ノ輪商店街にある「大勝湯}に、週一回通っている。ここの商店街が好きだ、大勝湯も相性がいいので、ご贔屓にしているんです。もう、10年くらい通っている。
 春は、荒川自然公園の桜が最高。都電が、満開の桜の木の下をはしる。桜が緑の葉っぱになると、ばらが咲く。どちらも、無料、古川庭園みたいに、入場料をとらない。
 ばらは、今が見頃です。この時季に見ないと、ダメになってしまう。今が最高。だから不要不急でも、見るべき。
 黄色と、白のばらが、好きだ。
 プロみたいなチームが、毎日、手入れをしているので、最高の状態です。見に行って下さい。
 

2020年5月17日日曜日

安田・由紀姉妹コンサート

安田祥子・由紀さおり30周年コンサート
 ゆうべ、テレビのチャネルを回していたら、安田・由紀姉妹のコンサート。30周年記念とか。
 実は、ずいぶん前のこと。安田祥子先生に、歌の個人レッスンをしていただいたことがあった。
 基本から、しっかり学べば、うまくなる、という方がおられ、それじゃあ、と先生を探していたら、安田祥子さんに出会った。月2~3回で、2年間くらい、練習場のある四谷に通った。歌ではなく、「コンコーネ」という練習用の楽譜で
本格的なレッスンだった。一対一のレッスンは、90分。行く前には、結構予習というか、練習をした。褒め上手で、「ずいぶん、よくなったわね」、「だいぶ上達した」、などと褒められ、もしかしたら、音大に、なーんて思っていた。
 安田先生のご主人は、エリザベスサンダースホームの沢田みきさんの息子で、なんどかお会いしたことがあった。安田先生が、アメリカに留学していた娘さんの卒業式に渡米するというので、当時、慶応病院に入院中の沢田さんを、一日一回お見舞いし、その際に、フランス語の新聞を買ってきてくれとの難題に、往生した。英語だけでなく、フランス語も堪能な国際人だった。教会での、彼の葬式で、外国人参列者の受付を手伝ったことも。
 そうそう、いちど、いちどだけだったけれど、安田祥子先生のコンサートで、一曲歌うという体験をさせていただいた。由紀さんが、「子どもの学芸会みたいで、とっても心配だったわよ」、と言われた。
 テレビの画面の安田先生は、やっぱり由紀さんより、うまかった。

2020年5月14日木曜日

まだまだ、ですね

5月14日、緊急事態宣言の見直し日。でも、東京はだめみたいです。ということで、日本国内、国外の友人たちから、同情、見舞いの電話。
 夕べ、またモンゴルから、電話。
 「たべもの、ある?」、ウランバートルから、東京へ飛行機が飛んでいれば、羊の肉を送れるのに、と。モンゴル人の感染者は、ひとりもおらず、フランス人の旅行者が、ひとり
陽性になって入院、完治して帰国したとのこと。日本にいたモンゴル人たちは、ドイツの飛行機でフランクフルト経由で
帰国した。緊急事態がすぎたら、モンゴルへいらっしゃい、しばらく、日本に帰らずに、滞在するといい、と。
 仙台からは、お米が届いた。あの時、東北大震災時の教訓で、お米さえあれば、なんとかなる、と、コロナでも、お米さえあれば、と送ります。
 高知からは、野菜と魚の宅急便。冷凍のカツオと、ニンニク、ショウガ、オオバ、みょうがなど、薬味が入っていた。
 5月22日に82歳になるので、調べたら、加山雄三、伊東四朗が84歳、東海林さだおが85歳、宝田明さん、1934年生まれだって。
 コロナで、お上が、ああせい、こうしろ、というたびに、国民のひとりとして、その通りには、するけれど、この政府が、自分の生命、安全、健康、財産などを、本気で守ってくれると、国民は、考えているのだろうか。政府なんか、信用しない方がいいのかもしれない。
 持ち時間は、そう長くはない。自分の体力、知力の限界が
なんとなく、わかってきたので、その範囲での生き方、「今日も、ほどほどに、いい日なら」それで充分。日々の生活の
中での多くの事柄は、自分で解決するしかないのだ。
 そんなこと考えながら、日々を過ごしている。

2020年5月11日月曜日

{どうしてる?」、海外から電話[

シンガポールから電話、ゆうべ8時頃だった。もう、寝ようかな、と思っていた。国内の知り合いからは、夜の時間には
ほとんど電話は、ない。寝る時間、という噂が徹底しているので。
「東京、大丈夫?」、「自宅から出られないんでしょう?」
家族がひとり、ひとり替わりながらの、ご挨拶だ。
 メールを何回もしているのに、まったく返事がないので、という。実は、パソコンのメールの送信が、今年のはじめから、だめ、なのです。なんで、だめなのか、パソコン音痴の
後期高齢者、どうしていいのか、わからず、そのままになってい)。(だれか、直してくれるといいんだけれど)、
 シンガポールでも、今、たいへんらしい。自粛状態らしい。友人一家は、めったに家族全員で夕食をとることはなく、それでも、日本からの友人が来た時には、「久しぶりで
みんなの顔が揃った」、といわれるほどだ。
 コロナで、一家揃ったところで、東京に電話してみるか、となったらしい。病院の院長の友人は、連日、たいへんだったが、久々に休みがとれたとのこと。日本の厚労省と同じことを言っていた。「人混みへ行くな、マスクを、そして自宅を出るな」、だった。でも、ありがたいな、電話。
 モンゴルからも、電話。東京がたいへんだとくことを毎日テレビで、見ているよ。高齢者は、死ぬってあったけど、生きてるよね、死んじゃあだめだよ。ちゃんと食べているかい。マスクしてるかい。モンゴルの空港も、外国人は入れないけれど、コロナが終わったら、夏には、必ず、来てね、いい空気が待ってるよ。
 モンゴルは、コロナによる被害は、ほとんどなく、マスクはあるけれど、していない。ウランバートルは、いつものウランバートルだとか。冬がおわり、いい季節になった、と。
 ウイーンからの電話は、療養中の友人から。昨年、お見舞いに行った彼女からだった。「ウイーンも、ヨーロッパ全域
でも大流行。東京も、たいへんのようだけれど、大丈夫?」
病床にありながらの電話に、感動。

2020年5月8日金曜日

大型連休、終わってみて

大型連休、終わって。。。
 文字通りに、STAY HOMEの連休だった。といっても、翌日の7日から、生活が変わったわけではない。東京は
不要不急、おでかけは自粛、がまだ続いている。テレビも、新聞も、コロナだらけで、なんだか、コロナを中心に、すべてが、動いているみたい。自分も、コロナを気にしすぎで、
「不安」になり、「不信」になり、そして「不満」になっていたみたい。だれかのせいにしたくなっていた。
 今朝、ふと、気がついた。なーんだ、そっか、いつものような生活リズムで、いいのだ、と。コロナ、関係ない。
 朝起きたら、体操をして、エアロバイクをこいで、いつもの3POコースを歩く。帰ってきて、朝食を食べながら、ゆっくり新聞に目を通す。
 ひと休みしてから、簡単に掃除をしたり、洗濯をしたりの家事をして、本を読んだり、CDを聴いたりして、昼食。
 1時すぎ、もういちど、遊歩道を歩く。一日、一日、運河両側の緑が濃くなっていくのが、わかる。この季節が最高。
ほとんど、人に会わない。だから、マスクは不要。
 この後、いつもなら、ちょいとお出かけをするが、今は行かない。ご近所の銭湯が、5月5日で廃業になり、近くにないので、バスで、銭湯めぐりをするつもり。
 夕食は、6時と決めている。ほぼ毎日、自炊している。もう何年もやっているので、レパートリーも増え、ご近所さんに配って、よろこばれている。
 テレビで、7時のニュースをみて、夕刊を時間をかけて読み、日誌を書き、9時前後には、寝る。
 これの繰り返しの日々です。特にコロナが襲ってきても、
この日程は不変です。
 ところで、今朝の新聞に、岡本行夫さんの訃報が載っていた。コロナの犠牲。岡本さんとは、マニラの日本大使館でお会いした。旦那の死後、大統領選挙に立候補したアキノ夫人の選挙監視で行った時、政治、経済のブリーフィングをしてくれたのが、岡本さんだった。なかなかやる外交官、という
印象だった。その後、何年かたって、オーストラリア大使館
で、お会いした。パーティーを中途で退出した際、エレベーターの中で会ったのが、岡本さんだった。いちど会っただけなのに、名前を覚えていてくれた、「お元気?」、と声をかけてくれたのが、岡本さんだった。
 小泉内閣で、首相秘書官もした岡本さんを、テレビなどでおみかけするたびに、まだ頑張ってるな、と思っていた。

2020年5月4日月曜日

なつかしい駅弁


駅弁の本をみつけた。ほぼ全て古本屋にひきとってもらったのに、なぜか、残っていた。『駅勉掛紙の旅』というタイトルで、駅弁をくるんでいる、あの紙。集めている人がいるんですね。
 とにかくよく集めたもんだ。
 横浜のしゅうまい弁当、高崎のとり飯、横川駅の峠の釜めし、なつかしい。
 峠の釜めしは、あの瀬戸物の釜が、どうしても欲しいというご近所さんに頼まれて、何度も持ち帰ったことがあった。
碓氷峠を登る準備をするため(スイッチバック)に、停車する時間が15分くらいはあったので、その間にホームで、弁当を入れた箱を首にかけて、売りに来た。車窓から、からだを乗り出し、「ここだよ、買うよ」、と叫べながら、買ったもんだ。
 今は、電車が早くなり、駅での停車時間がなく、それに窓があかない。しばらくは、車内で販売していたが、それもなくなった。電車に乗って、駅弁をたべながら、車窓からの景色を楽しむなんていう客は、いない。寝ているか、スマホをいじっているか、列車は、単に移動の手段でしかない。ああ、つまんないご時世になったもんだ。
 今日は、連休の真っ只中、去年の今頃は、新幹線も、飛行機も混雑していた。コロナが終息し(?)たら、人々は、どんな旅をするんだろうか。
 駅弁たべながらの「旅」が、なつかしい。