2022年5月5日木曜日

空高く コロナに負けるな 泳ぐ鯉

実は、この一週間、パソコンの回線がストップしていました。原因は、よくわからないけれど、ご近所のテレワークの男性から、「お宅のパソコン、回線、切れてませんか」、と聞かれ、やってみたら、出来ない、切れていたっていうわけです。我が家は、詳しいことは、わかりませんが、回線の都合で、電話もいっしょにダメになっていました。ということで、電話もかけられなかった、かかってこなかった。まあ、生命にかかわる事件もなく、よかった、です。

本日は、5月5日、大型連休真っ只中、毎日、高速道路の渋滞の実況、羽田、成田の混雑状態、東京駅の様子などの報道、そうか、みなさん、お出かけ中なんだ、と神明町の楽隠居。

先日、テレビ出演中の小池都知事が、「わたし、ウクライナの大統領選挙の応援に行ったことがあるんです」、とおしゃっていました(2014年)。私なんか、なんども行ったことがある。ざっと、こんな感じです。

ニュージーランド 労働党の党首だったマイク・モアさんの選挙だった。日本語で応援演説をすると、候補者の彼が英語に翻訳する、というやり方で、日本語がまったくわからないマイク、好き勝手な演説になっていたにちがいない。

イスラエル  マパイ・労働党のシモン・ペレスさん、後に大統領になり、ノーベル賞を受賞。ペレスさんの選挙区は、集団農場(キブツ)のひとつで、選挙期間中そこの食堂で働きながらの選挙運動だった。ペレスさんからは、その後、国際会議でなんども会う機会があり、その都度、「テイクバには、選挙で助けられた」と言ってくれました。テイクバとは、ヘブライ語で、「幸福、幸せ」という意味で、今でも、イスラエルの友人たちからは、「テイクバ」と呼ばれている。

オーストリア  政権与党だった社民党の選挙応援は、同党の党員だった友人フリッツイの選挙活動に同行。たまたま会ったザルツブルクで選挙運動中の党首クライスキーさん、「必ず勝つよ、日本人も応援してくれているんだから」と言い、コーヒーをご一緒。社民党は、歴史ある政党で、なんども政権を担当している。

マルタ  政党の名前は、憶えていないが、大統領の名前は、ドミントフさん。マルタ島で開催の会議に出席中だった。イギリスの軍隊が駐留していたマルタが、米軍が駐留している沖縄の状況と、似ているというので、現状報告ということで、短いスピーチをさせられた。その後、ドミントフ大統領と一緒に、「ビーバー、ドミントフ」、を叫びながらの行進に参加。大統領選挙だったことを知った。

モンゴル 25年間のソ連統治下から解放され、初めての総選挙だった。出来たばかりの社民党の選挙のために、日本から選挙活動用の印刷物をトランクに詰めてのモンゴル入りだった。社民党には、結党当初より、かなり入れ込んでいたので、不思議なくらい、頑張った。広い草原には、羊、牛、ラクダなど動物しかおらず、有権者のいるゲル(テント)をさがすのは、大変なことだった。一日中、ランドローバーで走っても、せいぜい20~30名ほどの人にしか会えない、かったるい選挙運動だった。初めての選挙だったが、友人たちが当選、社民党からは、感謝状をいただいた。その後、バイカル湖近い北のセレンゲ州での州議会議員選挙の手伝いに行った。冬、雪の中の個別訪問だった。やることがない老人たちと、2時間、3時間を過ごす選挙運動だった。ウオッカを飲み、羊の肉をご馳走になったりで、候補者といえば、まるで、手ぶらの個別訪問。候補者だった彼女は、今、州議会の議長を務めている。

スリランカ  選挙活動ではないけれど、選挙用のポスター、資金をヨーロッパの政党に頼まれて、コロンボに運んだことがあった。当時、ご主人の後を継いで首相になったバンダラナイケさんの自宅に。入口から車で、15分ほど走って自宅建物に到着というほど、広い敷地だった。応接間で首相にお会いしたが、何人ものお手伝いさんがいるのを目撃。持参の資金、本当に選挙に使われるのかな、と思った。

選挙監視ーカンボジア  大量虐殺が行われ後の民主化選挙、現地の責任者は、日本人の明石康さん(国連代表)だった。

選挙監視ーネパール  初の民主化での選挙、日本の監視代表団の一員としての参加だった。代表団の事務局長は、自民党の二階俊博さん。

選挙監視ーフィリピン  前大統領の妻だったアキノさんが立候補した大統領選挙。選挙集会では、ほとんどが、若者、女性たちで、その熱気は凄かった。

こうしたみると、外国の選挙にずいぶんかかわってきたことか。なのに、日本での選挙、いちどもかかわったことがありません。



1 件のコメント:

  1. これからはテイクバさんと呼ぼうかな!でも楽隠居のほうがいいな!

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