2019年12月10日火曜日

j昔のこと、思い出した

あと20日、新しい年になる。新年5月になると82歳。
先日、緒方貞子さんが亡くなられてから、こんどは、中曽根康弘氏が亡くなった。そして、中村哲さんが亡くなられた。
中曽根さんは、102歳というから、大往生。今から何年前だったか、中曽根さんが、科学大臣だった頃、たまたま出席した会議で、スピーチをされた。それが、なんと英語でのスピーチで、びっくりした。その後、何年か経ち首相になった中曽根さんに会うという機会があった。場所は、モスクワ。
ソ連共産党の書記長だったアンドロポフの葬儀に出席していたのが中曽根さんだった。あまり印象はなかったが、翌年の6月に、モスクワで軍縮会議があり、その会議に、ゴルバチョフが出席していて、「ナカソネさんには、同志アンドロポフの葬儀に参列れ、よろしくお伝え下さい」、となぜか伝言があり、帰国して、秘書さんにお伝えしたことがあった。ブ
レジネフが亡くなり、ゴルバチョフが書記長になる前のことだった。
 中村哲さんとは、これまた、ずいぶん昔のことだが、バングラデッシュの北部の村(場所の名前は、忘れた)で、お会いしたことがある。20名くらいのアジアの青年代表が、中村先生に、これからの開発についての講義を受けていた時のこと、開発にとって、今、私たちは、なにをしたらいいのですか、と質問をしたら、「古着を出さない生活をして下さい」、だった。今でも、そのことは忘れない。その言葉が、その後の自分の仕事につながった。国際事業団へ、さらにニューヨークの国連開発機構へ、そして、アフリカのスーダンへ、という活動の場だった。
 73歳、まだまだ生きていて欲しかった。

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