乗り鉄の達人自称宛てに、新刊本が贈られてきた。
「小さな鉄道」の記憶 旅の文化研究所 2700円
内容は、軽便鉄道、森林鉄道、ケーブルカーなど、今はほぼ廃線となってしまった鉄道(もどき)のお話。ケーブルカーは、お馴染み三輪和彦先生が執筆しておられる。本文よりも面白かったのは、コラムとして書いていた「おわん電車といも電車」。これは傑作だった。汚わい、つまり糞尿、を、こともあろうか西武鉄道が運んでいたという史実。
この先、詳細が気になる方は、本を買って下さい。
といういことで、わが東京都足立区にある「小合溜」のお話。江戸時代に作られたという小合溜は、東京都と埼玉県の都県境になっている運河で、綾瀬川と中川をつないでおり、平時は、水門が閉まっている。毎朝の3POコース。春、夏、秋、冬、それぞれの景色で、歩く人も少なく、お気に入りです。この小合溜(垳川)が、昔は、江戸の糞尿を積んだ舟の航行川だった。大川(隅田川)から綾瀬川に入り、小合溜を経て、糞尿は、野菜畑に使われていた。江戸っ子の台所は、自分たちの出した糞尿で賄われていたってわけ。循環型環境政策とでもいうか。こうした取り組みは、埼玉県の見沼地区、千葉県の市川地区などでも、かっては、行われていた。
千葉といえば、その野菜を、毎朝、電車で東京に運んでいたオンナたちがいた。京成電車には、毎朝、千葉のおばちゃん運び屋専用車が走っていた。大学生時代、常磐線で日暮里駅で乗り換えていたので、千葉方面からの京成線でやってくる千葉のおばちゃんたちによく会った。紺色の大きな風呂敷をかぶせた、細長いかご、幅は、背中いっぱいほどで、長さは、てっぺんが背負ったおばちゃんの頭を出るくい、背負ったら真っすぐに立ち上がれず、腰をかなり曲げた感じで、歩く。今のように、エレベーター、エスカレータなどなく、長い階段を、一歩一歩登る。ある日、「重たいですか」、と聞いてみた。「それほどでもないよ」、背負ってみるかい、というので、やってみた。ほとんど、立ち上がれず、荷を持ち上げてもらって、ようやく、立ち上がった。2,3歩歩いたけれど、give up。コツもあるんだろうけれど、生半可じゃないことが、わかった。
ちなみに、おばちゃんたちの千葉の野菜の届け先は、、赤坂、四谷、神楽坂などの料亭とのこと。いつ頃からか、京成電車は、成田空港行きの路線となり、おばちゃん運び屋電車は、なくなっていた。
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