シベリア帰りには、堪えるこの暑さ
行く前も暑かったけれど、帰ってきた東京の暑さには、さすがにぐったりの毎日。お盆の期間中は、涼しい所は、どこも混んでいるので、神明町でじっとしていようと決心したのに、終日、じっとしているなんて、無理。
で、冷房ばっちりの映画館へ。
岩波ホール『祈り』ージョージア(グルジア)映画 8月7日
旧ソ連時代、70年間モスクワの下にあったジョージアは、黒海に面した国。北海道よりも面積は小さく、人口も370万。レーニン、スターリン下の共産主義時代は、苦難なジョージアだったが、戦後独立国となった。
しかし、現ロシア政府による軍事介入が後を絶たず、南地域、北西地域には、ロシア軍が常駐している。ウクライナ介入と同じように、プーチンがジョージアもロシアに併合するのではないか。そんなこともあり、この映画は、見ておくべき、と決めていた。内容は、ロシア国境でもあるコーカサスの山地でのキリスト教{正教)とイスラム教徒間の抗争の場面に終始する。モノ黒映画で、グルジア語の訳文字が出てくるのだが、これが、まことにわかりにくい。訳文を訳してもらいたいほど。異教徒同士が殺し合うシーンが多く、全体のあらすじがほとんど理解出来ず、納得いかない気分で終った。「祈り』の文字と共に、イスラム教徒の女性の映像のあるパンフレット、これがまことにインパクトがあり、内容など気にせずに、映画館へ、という人たちが多かったようだ。
岩波なら、いい映画、見るべき映画、というイメージ、自分もそうだったのだろう。
愉快だった、笑った『スターリンの葬送狂騒曲』 8月17日
ロシアで上映禁止、というキャッチコピーを見て、出かけた。前日、年表を見ていたら、スターリンが死んだのが、1953年とあり、なーんだ、まだ、それほど前のことではないんだ、ちょっと前のことじゃあないの。
スターリンの前のレーニンは、自分の後継者にトロッキーを選んだのに、なぜかスターリンが後継者になった。
党幹部の多くを粛清し、独裁政権が続く。そのスターリンの急死で、またまた後継者選びで、残された党幹部たちが画策する様子が、なんとも可笑しい。スターリンの国葬の責任者選び、新政権の大臣選び、党幹部の同志らを排斥、追放しようとする幹部が、袋叩きになり、彼も粛清される。政治の裏面、今もこんなのかな。
結局、スターリンの後継者には、フルシチョフがなり、戦後続いてきた米ソ冷戦構造が終焉し、彼は、デタント時代の主役を務めた。続くブレジネフは、ワシントンを訪問するなど、対米関係を進め、平和路線を主導するゴルバチョフにバトンが渡された。そのブレジネフ、ゴルバチョフ、ふたりの書記長にクレムリンで会ったという自らの歴史へのコミットメントを、実感した映画だった。
イギリス人が作った映画、ロシア語でなく、英語を喋るソ連共産党幹部たちだった。
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