2024年9月19日木曜日

日の出前 でっかい名月 西の空

だんだん日の出が遅くなりました。でも、毎朝の3POは、いつも通りなので、4時すぎは、まだ真っ暗。そんな時、西の空に、夕べの残り月、中秋の名月です。その月の、なんと大きいこと、でっかい名月でした。沖縄は、今頃台風14号の接近中、月見どころじゃあない、申し訳ありません。

新聞に、今年の富士登山の報告が載っていました。入山料を払っての富士登山なんて、信じられませんでした。今は、それくらい大勢の登山者が登り、いろいろお金がかかるんでしょう。その富士山、4回、登ったことがあります。午後、新宿から大月へ、乗り換えて、富士宮へ、バスで五合目へ行き、夕方の時間帯に登りはじめます。弾丸登山、そのまま夜どうし歩き、頂上でご来光、。下山は、須走をいっきに降りる、そして、夕食は、足立区の自宅で、というものでした。山岳会で、夏山を縦走する前の高度順化のための富士登山でした。今、大勢のインバウンド客たちが、競ってフジ山をめざす、そんな時代になったってわけ。

これから日本橋の丸善へ。例年主催の「万年筆フェスタ」を、のぞいてみようか、と。綾瀬駅へ出て、西新井へ、ここから東京駅行きの路線バスに乗って行こうかと。9月も半ばをすぎたのに、連日猛暑が続いています。でも、ぼちぼち路線バス乗り、です。



2024年9月17日火曜日

中秋の 名月ちょっこと 雲合いに

自宅の南側に面して、6階建てのマンションがあり、だから、見える空の面積が限られているが、その限られた空に「月」があった。今夜は、中秋の名月。台風は、14号、本州に来る様子はない。お月見、できるか。

そんなことを考えながら、パソコを打ち始めていたら、さっき電話。モンゴルからだ。友人のナランゲールが、「元気? どうしてる?」、と。机の上の砂時計で、5分間のお喋り。6月に、モスクワの大学時代の同級生に会いにアルバニアに行ったこと、今年の夏は、世界各国からの観光客が増えたこと、大きなデパート、スーパーが出来、ウランバートルでは、昔のような小さな、個人商店がなくなったことなど、相変わらず、弾丸のように喋る。そうそう、ロシアのプーチンの訪問、歓迎していたのは、政府だけ、とも。こちらからは、ともかく猛暑、酷暑の夏、生き残るのが精いっぱいだったと現状報告。東京は、まだ暑いよ、と言うと、「こちらは、明日は、雪との予報」、と言っていた。涼しいどころか、もう寒いんだと、思った。

縫田曄子さんが、亡くなられたとの報道。102歳、と。縫田さんには、市川房江財団の理事長であった時、お目にかかったことがある。『カルツーム便り』(サイマル出版会)を出版した際、印税を財団に寄付したい、と申し出た。縫田さん自身から電話があり、日比谷の松本楼でお会いした。カレーライスを食べながらの話会いだった。内容は、よく覚えていないが、縫田さんのアメリカ留学での体験談などだった。市川財団には、私の母が関係していたが、特に相談した記憶はないままの印税寄付ということになったのだった。

見るまい、見るまい、気にするまい、を繰り返しながら、ここのところ、自民党の総裁選挙、立憲の党首選挙の番組を見ている。実現出来そうもない公約、政策をみなさん言っておられる。国民の大半は、あまりアテにしていないじゃあないかな。その無関心さが、ダメ政治家を助長させている、反省しています。



2024年9月2日月曜日

今日も雨 日本列島 水びたし

台風10号、ようやっと熱帯低気圧になって、列島から出ていきました。ひとつの台風で、こんなに長い間、毎日、毎日、心配したことはない。10日前ほど、フィリピン沖に熱帯低気圧発生、これから台風になる可能性がある、といわれ、いつの間にか、台風になり、ノロノロと沖縄地方から、九州に上陸。ゆっくりゆっくり九州全土を移動、四国に入り、こちらでも、時間をかけて、えっまだ高知、といわれるほどの遅さ。その間が、大変でした。新幹線も、飛行機も、前もって運休を発表、計画運休。夏休みの最後の締めくくりの「旅」を計画していた人たち、残念でしたの状況に。

それだけではありません。台風は、まだ南なのに、その影響か、列島あちこちで大雨を降らせました。富山県、岐阜県、静岡県、神奈川などで、「これまでに経験したことのない」大雨による災害をもたらしました。東北でも被害が出ています。東京でも、あの目黒川が、もうちょい で氾濫というところまで。まさに、日本列島水びらし、でした。

ようやく、その台風もすぎ、秋かな、と期待していたのに、残暑。それでも、早朝は、いくぶん涼しくなってきました。

     ほんのちょい 涼しさ実感 今朝の秋

8月末日、31日の夜、秋田大曲の花火を、テレビでみました。花火の現場、雄物川のあたりを、「奥の細道」(奥細)の旅で、歩いた時のことです。たまたま花火の日だったので、近くに宿をとり、いざ見物、と思いきや、あまりの見物人の多さに圧倒され、宿の庭からの見物でした。ずいぶん、あちこち、日本列島を旅(歩き旅)しましたが、花火に出くわしたのは、大曲、だけでした。花火屋さん、煙火店って、長野、山梨、新潟に多いみたいですね。それにしても、テレビでの2時間の花火、圧巻でした。

     大曲 夏のおわりの 花火かな


2024年8月7日水曜日

この暑さ それでも乘り鉄 今日立秋

毎日暑い日が続いています。5時をすぎると、早起き蝉が鳴きはじめます。今年は、鳴き始めが遅かったので、稼働日数のもとを取ろうと、蝉も、早出出勤をしているかのようです。

毎晩、パリ五輪の実況を聴く(ラジオ)ために、夜中に起き出す癖がつき、昼間の時間帯にちょい寝を繰り返すという日常です。それにしても、日本勢、頑張ってますね。柔道とか、体操とかは、まあ、当たり前ですが、馬術、フェンシングなんて種目って、そんなのに日本選手がいたんですか、といえそうな、知らなかった、種目です。注目外だったのに、メダル、それも「金」なんか取ってくださり、もうびっくり。

そんな日常なのに、中東では、ハマスの指導者が殺された、アメリカでは、バイデン現役大統領が辞任表明(選挙不出馬)し、副大統領のハリスが民主党の大統領候補に決定。耳を撃たれ、これで、次に大統領の当選は間違いなしと確信していたトランプさん。なんだか、気がかりな次期アメリカ大統領選挙です。

毎年のことですが、広島では、6日、原爆の日の式典が行われました。新聞もテレビも、原爆投下のあの日の、あの光景を報道していました。

実は、先日、8月2日の朝、早朝散歩の際、東の空、ずーと先に見えたのです。筑波山、見えるはずがない、と信じていました。これまで、いちども見えたことがない筑波山が見えたのです。山容から、あれは、筑波山にまちがいない、と確信しました。で、本日の乘り鉄は筑波エクスプレス(TX)に乗って、つくば(平仮名)駅へ。夏休みのせいか、車内は、がらがら。それにしても、ここら辺の在来線と比べると、TXは、乘り心地抜群、スピードも抜群、値段はやや高いけれど。守谷駅をすぎると、曇りがちな東の方に、筑波山が見え始めます。終点のつくば駅下車。いつもの地産店を覗く。なすが5個で100円、買いました。地上に出て、バス停留所へ。出たばかりで、土浦行きは、25分待ち。筑波山行きバスは、頻繁に出ていますが、休みの間は、本数が少ない。

持参のおにぎりを食べていたら、「おいしそうだね」、とご同輩の女性。「福島の米、おいしいですよ」、と。ということで、いろいろ雑談。昔から、ここつくばに住んでいた住人で、前のことは、忘れるくらい、この地域は変わった、といい、今は、コンクリートの家に住んでいるとのこと。土浦へ買い物ですか、と尋ねると、「ここつくばで、買えないモンはなーんにもない。なんでも手にはいるよ」、と。ということで、片道20分かけて、土浦へ映画を観に行くんだそうです。路線バスには、この女性とふたりっきり。学園都市を出て、たんぼの中の大通りをまっすぐ土浦駅へ。途中、どこからでも、筑波山が見えました。土浦駅から、常磐線で北千住駅まで。こちらの電車は、かなり混んでいました。

今日から、夏の甲子園、高校野球全国大会。暑さ対策とかで、一日じゅう、連日の対戦をしないことになったらしいです。夕方、照明の下での高校野球の試合のようです。今夜も、パリ五輪、あと何日、これが続くんだろう。 

2024年7月30日火曜日

連日の 深夜五輪 楽隠居

パリ・オリンピックが始まりました。時差の関係で、ほとんどの種目が、真夜中になるので、はまるまい、と決意。でも、開会式のセレモニーは、テレビを見る、と心に誓いました。とにかく、連日のこの暑さ、86歳の後期高齢者にとっては、寝不足は大敵。

27日の開会式は、昼寝をして、その気になり、スタンバイ。翌朝7時半まで、しっかり見ました。セーヌ河を往く各国選手団を乗せた船、あまり感動せず、それにしても、世界の国の数が208ケ国になっていたのには、驚きました。

パリは、国際会議出席のため、10回以上は、訪れています。オルセー、ルーブル、凱旋門、エッフェル塔、モンパルナスなど、パリの名所は、なんども行ったことがある。開会式のプロジェクト、イベントなどで、紹介されていた。ああ、あそこ、あそこにも行ったことがある、ある、といいながら。そうそう、パリマラソンで、走ったこともある。ハンガリーのブダペストで会議に出席していて、マラソン出場のため、パリーブダペストを往復。どこを走ったのか、覚えていませんが、たしかに42.195Kを完走しました。

オリンピックで、思い出すのは、ミュンヘンオリンピック(1972年)で、殺害されたイスラエル選手たちの遺体が、到着したテルアビブのロッド空港、あの時間に、別の飛行機で、たまたま到着。空港ロビーでの黙祷に参加した、なんてこともありました。

見るまい、見るまい、を繰り返しながら、本日7月30日、今日もテレビで、オリンピック漬け時間を過ごしています。 

2024年6月12日水曜日

 梅雨入りを 待てぬと あじさい今 満開

 乗り鉄定番の王子駅、目の前の飛鳥山は、今、あじさいがが満開です。さくらの満開時には、毎日、大勢の花見客で賑わっていたのが、あじさいは、それほど人気がないみたいです。あじさいは、神明町でも、あちこちで見ることが出来ます。種類、結構多いんですね。鎌倉のあじさい寺はじめ、各地のあじさい名所、賑わっているようです。でも梅雨はまだ。

5月22日に、86歳になり、みなさん、どんな86歳を迎えているんだろう、ときょろきょろしてみました。いました、いました、すごい人物。イランの最高指導者のホメイニさん、同じ年なんですよ。現職の大統領が飛行機事故で亡くなり、今、後継者選びの選挙中です。その大統領よりも、ホメイニさんは、偉い人なんです。

86歳になって、何が変わったか。日常生活で、特に変化はないように思えますが、よーく考えてみると、前は、こんなでなかった、ということがいくつもある。やっぱり、加齢による変化、あります。一日に30K、40kもの歩き旅をしていた足が、なかなか思うように動かない。それでも、毎朝のウオーキングを続けており、駅の階段は、歩くように心がけており、リハビリのため、室内エアロバイクを毎日漕いでいます。

サロマ湖の100キロマラソンに9年間連続出場、完走した、サハラ砂漠の8日間マラソン、四国お遍路、西国巡礼、秩父巡礼など、何日もかけて歩いた、東海道はじめ、日本の古道、街道、ほぼ全て歩破。いろいろ挑戦したこの足、もう充分働いてくれました。

卒業歩きは、スペインのサンチャゴ巡礼でした。2014年、800キロ。今から10年前のことです。最近は、もっぱら乗り鉄、乘り路線バスです。

加齢による肉体の衰えは、いたしかたないこと。それでも、毎日、機嫌よく過ごせることに感謝し、満足しています。

最近、気になること。いちばんはじめに留学した国イスラエルが、世界の注目を浴びているー建国したばかりの理想主義者たちが、国づくりに懸命だったあの頃のイスラエルが、非人道的な戦争の当事者として、世界中から非難を浴びている、国連職員として赴任していたアフリカのスーダンで、終わることない内戦により、民間人の多く(150人ー6月9日)が殺されている。長生きしすぎたかな、とひとりごと。

昨日乗った常磐線車内の広告に、こんなのがありました。

   ルワンダ共和国の女性国会議員の割合は、61.3%、

            それに対して日本は、10.0%です。

                   この差について、どう考えます。

                        (広告主は、東京女子大学、でした)  

2024年5月23日木曜日

三ノ輪から 都電で終点 早稲田まで

いつものように、三ノ輪商店街の銭湯・大勝湯に入り、都電の停留所へ。ここは、ちょっとした広場になっていて、今は、薔薇が満開で、テレビで紹介されたとか、スマホカメラさんたちで、賑わっていました。昼間なのに、ウイークデーでもあり、こんなにも暇人がと思われるほどの賑わい。混雑状態で、一台待って乗車。この先、旧三河島汚水処理場ー荒川自然公園は、桜もきれいだったけれど、薔薇も見どころ多く、しかし、こちらは、観客が少ないようです。間もなく京成町屋駅前の停留所着。千代田線乗り換えなので、降りようとしたら、立っていた中年男性が、「降りるかい」、と聞くので、おりません、と言ってしまったのです。ということで、この電車に引き続き乗ることになってしまいました。

ここから先、終点早稲田まで、なんどか乗ったことがありますが、コロナ禍で、ひさびさの乗車です。町屋から尾久を通り、熊の前駅へ。ここは、尾久橋通りで、上を舎人ライナーが走っています。舎人ライナーで、お花見に行きました。次の宮の前駅は、東京女子医大の医療センターがあった、ところですが、今は、センターは、足立区に引っ越しました。小台通り、次が荒川遊園地です。リニューアルオープンしたばかりです。荒川区が経営しているだけあって、とにかく、安い。デイズ二ーランドとは、比べものにならない安価で、しかも、こっちの方が歴史がある、ということで、お休み日は、家族連れで混んでいます。ほぼみなさん、この都電で来られます。

次の停留所、都電荒川車庫、ここで、運転手さんが交代します。旧電車を見学することが出来ます。停留所の古本屋さんが有名だった梶原、本屋さんは閉店になっていて、店には、テントがかぶさっています。石神井川を渡ると王子駅前。JR駅に直結しているのは、ここ王子と大塚駅。都電は、左折し、急坂を上ります。左は、あの有名な飛鳥山です。登りきったところで、右折。滝野川、西ヶ原を通り、巣鴨の庚申塚駅へ。白山通りの銭湯ニュー椿は、銭湯愛好のみなさんが、よく来る湯です。とげぬき地蔵の縁日の日には、庚申塚駅を利用する人が多く、都電が遅れるでもあります。

突然、大きな、たかーいビルが林立する大塚駅前にでました。JR大塚駅横を右折。サンシャインビルが見えると東池袋4丁目駅。 ここから池袋駅までは、徒歩15分くらい。霊園を左側に見て、雑司ヶ谷駅。ここから先、いくつもの踏切があり、都電が通過するたびに、木製の遮断機が下ります。以前は、もっと民家の戸建てが多かった地域なのに、目下工事中が目につきます。高層ビルになるんでしょうか。

学習院下をすぎると、明治通りと目黒通りがあり、都電は、その横を並走、右側に鬼子母神を見て、大きく左折、左側は、神田川。面影橋をすぎると終点早稲田駅。三ノ輪から約60分。帰宅して地図を見たら、早稲田大学は、新宿区、学習院大学は、豊島区、日本女子大は、文京区、とそれぞれが、かなり近い距離にありながら、別々の区であることに気づきました。とにかく、始発三ノ輪から、終点早稲田まで、通しで都電に乗りました。帰途も都電で、町屋まで戻り、綾瀬駅からバスで神明町、自宅に着いたのは、4時すぎでした。