2026年7月28日火曜日

あの頃の 日本赤軍 思い出す

元日本赤軍の岡本公三容疑者が、潜伏先のレバノンで、亡くなった、というニュース(7月24日)。今から54年も前のことを、思い出した。

岡本ら日本赤軍が、イスラエルのロッド空港(今は、ベングリオン空港)で、100人もの死傷者を出した事件。ちょうど、その日の、その直後のロッド空港に到着した。出迎えに来てくれたイスラエルの友人が、興奮気にことの始終を説明していたのを思い出した。

その後、西ドイツ(当時)のフランクフルト空港でのこと。なんと、赤軍派の最高幹部だった重信房子、彼女と間違われたという思い出。強制的に空港内の別室に連れて行かれ、身ぐるみはがされ、取り調べられたことがあった。

空港での取り調べ体験、アフリカのガーナでのこと。入国手続き時、女性検査官から、現金を要求されたことがあった。自分は、日本政府の官僚、と出まかせを叫んだおかげで、無事通過できた。

そうそうネパール空港でのこと。たまたま機内でご一緒した谷口監督と八千草薫さんご夫妻。いっしょに出国審査を出ようとしていた八千草さん、バッグの中の現金(日本円)を見つけた検査官、没収する、というので、「日本円の持ち込み制限は、この国では、ないはず」というと、OK,Okと、通してくれた。これまた、でまかせ。なお、八千草さんとは、JICA(国際事業団)の映画に出演していただいたことから、そのご縁で、何度かお会いしていた。

こんなことも。モンゴルで、最初の民主化選挙の際、日本の友人たちのカンパで、選挙運動のためのパンフレットを日本で印刷、運び屋を買って出た時のこと。中くらいのトランクに詰め込んだ友人候補者のパンフレット、乗り換えの北京空港の荷物検査場、「これはなんだ」、と検査官。「有名なモンゴルの俳優のパンフレットです」、と。この時も、でまかせで、無事スルー、でだったが、内心ひやひやもん。

本日は、久々の外気温が30度を切った。路線バスは、涼しかったから、いつもよりシルバーバス乗客が多かった。


 

2026年7月23日木曜日

どこもかも 暑いはずです 今日「大暑」

今日7月23日は、暦の上では、「大暑」。早めの梅雨明けだった九州地方では、暑さが続いていたが、いよいよ日本列島中部、関東地方が、暑く なり始めた。昨日、今日の暑さのピークは、京都、大阪、岐阜などの関西地域、そして、昨日、今日は、関東に暑さがやってきた。

今日の八王子、なんと39度。熱中症で搬送される人が増えている。

今朝、いつも通り、4時に3POへ。玄関を出ると、むっとする暑さ。外気温は、28度だった。すませて、いつもの朝のルーティングをすませ、新聞に目を通す。テレビの天気予報にも。「本日の暑さは、異常です。高齢者は、外出を控えるように」を繰り返していた。どうしよう、行くべきか、止めるべきか。結論、本日のお出かけはなしに。

午前中は、たまった新聞の切り抜きの整理、風呂場の掃除もやった、昼食は、12時きっかりに。30分の昼寝も。ラジオ、テレビの体操3回、エアロバイク20分x3回。ときどき外へ出てみたけれど、とにかく、暑い。出かけなくてよかった、と自分に言い聞かせた。

これまでに、救急車で搬送された人10,000人とのこと。明日は、どうなるか?

2026年7月20日月曜日

梅雨あけた 暑さ本気 これからは

実際には、暑さは、とっくに夏モードだった。沖縄、九州地方は、しっかり梅雨あけで、真夏の日々だった。関東も、これでしっかり「夏本番」、になった。今日など、すっかり真夏の天気で、東京は、36度、甲府なんかは、39.4度、とのこと。

この夏の暑さは、日本だけのことではない。カナダでは、山火事が多発しており、その影響はお隣りのアメリカ、ニューヨークやワシントンに及んでいる。そのアメリカ、だまっている大統領ではない。「今回、わが国に悪影響を与えたカナダに、30%の関税をかける」とトランプさん。

今日、早朝から、テレビ観戦、どうするか、見るか、見ないか、といいながら、結局、見ることに。ワールド・サッカーの決勝戦。スペインとアルゼンチンの対戦。途中で、寝てしまった時間に、スペインが1点、2点めは、玄関に 朝刊をとりに行った時、肝心のゴールの瞬間を見逃してしっまった、本当にしまった、です。

その表彰式、優勝杯をスペインに渡したのも、優勝したスペイン選手ひとりひとりにメダルを渡したのも、アメリカ大統領トランプ氏。そのトランプさん、イラン側に大打撃を行ったと言及していた。

こういう話、腹が立つので、もういいか!

2026年7月16日木曜日

「いざ出陣!」 暑さに負けず 路線バス

3時に起きてしまった。夕べは、ラジオの深夜便で、養老孟司先生が喋っていて、なんとなく聞いてしまった。先生は、1937年生まれ・昭和12年生まれで、昭和13年生まれの自分とほぼ同年代。1995年に勤務先の東大を退官、こちらが現役から隠居になった年と、ほぼ同じ。先生は、幼少の頃からの昆虫研究に没頭、世界各地に、昆虫採集にお出かけになっていた。

3時は、いつもより30分も早い。連日、暑い日が続いている。それでも、自分で決めたことはやる! と、玄関を出る。むっと暑い空気。今朝は、27度とのこと。歩くコースの道路へ出る。いつもより車の数が少ない。暑いの で、早めに切り上げる。

家に戻り、シャワーを浴びた。なにげなくテレビをつける。やっているではないか、サッカーのワールドカップ。アルゼンチンとイングランド。イングランドが1点先行。が、さすがは、フェルナンデス、メッシのアルゼンチン、2対1で勝利。サッカーは、特段関心があるわけではないけれど、早朝の実況が多いので、なんとなく観戦している。

早朝の通りの車が少なかったのは、サッカー実況のせいかも。

猛暑になるとの予報で、高齢者は、外出を控えるように、の忠告に従うつもりだったが、「今日も、行ってみるか」。路線バス乗り、いざ出陣!

2026年7月13日月曜日

雨空に 墓花抱え バスを待つ

今日は、迎え盆。送り盆は、16日。綾瀬駅から亀有行きのバスに乗ると、途中、普賢寺、という寺がある。 毎年、この季節になると、駐車場のない寺なので、迎え盆のお参りの人たちが、バス乗車で、お参りされる。

   「お盆のお参りですか」、と声をかけた。

   「最近は、仏さんのお花も、値上がりでね」。

綾瀬駅周辺には、お花屋さんは、一軒しかない。スーパーマーケットでも、売ってはいるが、お盆や、母の日、新年などのお花入り行事には、この一軒が、結構、繁盛している。

我が家のお盆は、八月だ。寺は、歩いて15分ほど、近い。この寺は、高校時代、同級生だった「山本君」の寺だ。彼が、生徒会会長に立候補したとき、選挙事務長をやったのが、縁で、田口家の寺に決めた。といっても、決めたのは、母親。山本君は、住職になり、しかし、そう長生きじゃあなかった。長男が住職になった。その住職、毎年、お盆には、檀家さんの家を周り、お経をあげたいる。檀家に滞在するのは、約10分、一通りお経をあげ、お布施を受け取り、次の檀家さんの家へ。今年も、8月11日に、お盆のお経をあげに、来てくれます。

2026年7月8日水曜日

本日は どこへも行かず 在宅デー        (7月7日)

 夕べ仙台から電話。今年の梅、出来たので、宅急便したよ、との電話。今から20年以上も前のこと。四国遍路ひとり旅先で、会ったのが、仙台のSさん母娘。初めての遍路で、困っている様子だったので、3日ばかり、ご一緒した。当方は、巡礼4,5回めというベテラン。特に親切だったわけではなかったけれど、先輩顔で、それなりの「ご指導」を。

それから2,3年たったある夜。Sさんから電話。今、上野駅にいるんだけれど、泊まるところが見つからず、今夜、泊めてください、という。お四国遍路の帰りとのこと。とにかく綾瀬駅まできて、そこで、待っているから、と返事をした。

その夜は、わが家で寝て、翌朝の朝食時、みそ汁、ご飯、それと梅干を出した。「その梅、亡くなった母がつけたもので、これが最後なので、1個以上食べないで」、と。

それから、確実に毎年、仙台から梅干がくるようになった。1年も欠かすことなく送られてきます。あの東北大震災の年も、送られてきました。

そして、夕べの電話で、今年の梅を送ったとの連絡。というわけで、宅急便が着くまで待とう、となったわけ。いつもは、毎朝、9時15分の綾瀬行きの路線バスに乗る。他の都合は二の次、必ず、9時15分。ちなみに今年になって、乗らなかった日は、1回のみ。

しかし、いつもは、朝いちばんの配達で到着するのに、昼になっても来ない、結局、午後4時だった、到着したのは。「お中元で、忙しいんですよ」、と配達員さん。結局、この日は、どこへも行かず、新聞2度読み、テレビニュースも、同じ内容のニュースを何度も、繰り返し見てしまいました。

「イランは、国葬、アメリアは、独立記念フェスティバル」、の一日だった。テヘランでの故ハメネイ師の葬儀には、3000万という国民が参加、アメリカの250年独立記念フェスに参加した人たちは、大雨にあい、夜中の11時すぎにトランプ大統領の演説が始まったとのことです。このイランとアメリカが戦争中で、とりあえず、休戦中、和平協議が行われていますが、この先、どうなることやら。つい最近、アメリカの軍事介入のグアテマラでは、大地震で、多くの人々が、亡くなり、家をなくされ、日本からも医療団が派遣された。この先、地球はどうなるのか、AIに尋ねてみたいです。

2026年7月2日木曜日

九州は 大雨被害の 半夏生

 「半夏生」(はんげしょう)という単語、実は、なんとなく目にしたことは、あったのですが、その意味を考えたことは、ありませんでした。意味を見過ごしていました。

 夏至から11日めのこと。7月20日頃、に当たる。この頃に、半夏(別名烏柄杓)という毒草が生え、梅雨もあけ、農家では、この日を田植えの終わりとした。そして、この日に雨が降る、降ると大雨になる。

 半夏生、歳時記でしらべました。

 今日の九州地方は、昨夜からの線状降水帯による大雨で、被害も出ているようです。本日の夕刊は、ワールドカップの日本選手たちの帰国記事いっぱいで、被災地の様子は、わかりません。九州地方は、地震や台風で、繰り返し被害が出ており、半夏生災害がひどくないことを祈るばかりです。 


2026年7月1日水曜日

蝉の声 そんな気がした 七月初日

久々に、ご近所の遊歩道へ。ここは、埼玉県八潮市と、東京都足立区新明町の境界になっている運河・垳川。足立区側の川岸が、中川方向へ4キロほど「遊歩道」になっている。愛犬はな子と10年間くらい、毎朝歩いていた3POコースだった。

昨日の朝、綾瀬行きのバス停で、垳川で、蝉が鳴いていた、という話を耳にしたので、それじゃあ行ってみるか、と。

今朝は、雨は降っていなかった。しばらく遊歩道を歩いてみったが、何事もなし。遊歩道 出入り口に戻る。ちょっと手前で、なんとなく、蝉らしい声が聞こえてきた、みたい。一回だけだったが、たしかに蝉。

今日は7月1日です。沖縄に続いて、奄美でも、梅雨が明けたとのこと。東京は、まだまだのようですが、なんとなく、夏めきを感じています。

2026年6月30日火曜日

沖縄は 台風が去り 梅雨明ける

本日は、6月30日。2026年、折り返し地点日。沖縄では、なんと梅雨明け宣言。東京は、まだまだ梅雨の季節です。ヨーロッパでは、猛暑日が続き、パリのセーヌ河では、人々が水着で水泳、なんて風景が報道されていました。

7月1日は、山開きの日。富士山も、東京の冨士講の「お富士さん」も、山開き。久々に。たまたまわが家にあった山のビデオを見ることにしました。

山開き 思い出多い 北アルプス

北アルプスの槍ヶ岳・3180m、が主人公。山の仲間たちとの山行も多かったけれど、好きな時に、好きなように単独行が多かった。表銀座、裏銀座などは、なんど歩いたか。冬山はさすがに少ないけれど、夏山は、ほぼ毎週末のように歩いていた。上高地の日本山岳会の宿泊施設を起点に、北アルプスは、ほぼ登った。そうそう、富山駅から、室堂まで歩いての山行も。

明日の山開き、槍ヶ岳には、まだ残雪があるのだろうか。

2026年6月28日日曜日

次 次と 台風ふたつ 日本列島

南の海で台風が発生。7号と8号。日本に向けて進みながら、いつの間にか、8号、7号の順番が入れ違った。8号が先にやってきて、日本の太平洋岸を北上、7号は、沖縄、奄美地方に寄ってから列島を北上しました。

というわけで、昨日(27日)は8号、そして本日(28日)は7号到来ということに。これらに、更にプラスしたのが、梅雨前線。

どちらも、太平洋岸を北上、上陸は、しなかったものの、伊豆半島、三浦半島、房総半島では浸水など、被害がでているようで、心配です。

心配しながら、この2日間も、ルーティングの路線バス旅は、変更、中止することなく、いつも通り、でした。8号も、7号も、上陸することなく温帯低気圧になって、北の方向へ去っていきました。でも、昨日も、今日も、東京の空は、分厚い雲におおわれています。そうそう、山梨と岩手で、またまた地震。安泰を祈るばかりです。 

2026年6月25日木曜日

西台風 東は地震の 日本列島

 今朝、7時半、緊急地震速報。震度6強の地震。震源地は、青森県の階上町、「はしがみ」と読むんだそうです。難解。ラジオで、緊急速報、が叫ばれ、しばらくして、揺れました、足立区でも、揺れた。我が家の手づくり震度計は、かなり計測が正確。足立区は、気象庁によると、震度2とのこと。東北でも、いちばん北の地での地震、東京の足立区まで揺れたことになる。国民の生命を守ります、と総理大臣は、すぐに反応、記者会見をしていました。

本日は、「東」だけではなく、日本列島「西」も、大変。なにしろ、台風7号、8号が、ほぼ一緒にやってきた、というのです。九州、四国では、雨、風がたいへんなようで、川の増水、土砂崩れなどの映像がどのチャネルでも。サッカーどころではありませんよ。

といいながら、雨にも負けず、路線バス乗り、いつも通り。土砂降りの中を、ひたすら走るバス。スカイツリーも、もちろん富士山も、まったく見えず、でした。この天気、高齢者のお出かけは、ないようです。バスは、ガラすきでした。

2026年6月23日火曜日

金あれば あればあるほど 気苦労多し

今朝のこと。停留所でバスを待っていました。すぐそばに、最近建てたばかりの34階の高層マンション。曇り空で、それほど風もないのに、かなりの強風。「この間、雨の日、ビル風と雨で、びっしょりになってしまった」、という高齢女性。と、別の女性が、「わたし、あのマンションの部屋へ行ってみたのよ。友達が、買ったので、見に行くというので、ね」、内部はそれほど広くはなかったけれど、なんでも1億はした、ということだった、でも、そこに住んでいるわけではなく、赤坂のマンションに住んでいるのよ、とのこと。

綾瀬の新しいシンボルのこのマンション内部の話、初めて聞いたのでした。他のバス待ちの女性たちも雑談に参加。「わたしの知り合いだけれど、お屋敷住まいで、うらやましいと思っていたら、どうやら、そうでもないみたい。いくつも部屋はあるけれど、3人家族が日常的に使っている部屋は、2つほど。あとは、ほとんど使っていない、いないのに、掃除が大変」、だってさ。

待っていたバスが到着。8人中7人がシルバーパスでした。お金って、あった方がないよりもいいかもしれないけれど、あればあれで、気苦労も多いみたいです。

今日は、沖縄でのあの戦争から81年、島民20万人が亡くなった慰霊の日です。朝から慰霊碑にお参りする人たち、「戦争は、こわいよ、いちばん、こわい。平和がいいね、平和さ、平和がいちばん」、と高齢女性が、つぶやくように話していました。今日も、ガザで、イスラエルは、戦争をしているのでしょうか。平和、平和がいちばん、賛成。

まだ続く ホルムズ海峡 波高し

2026年6月22日月曜日

朝焼けがは 今日の天気を予報する

昨日は「夏至」。昼の時間がいちばん長い日だったけれど、昨日は一日中、太陽なしの曇り空。翌朝の今朝、いつものように3PO-散歩、東の空が、真っ赤に染まっていました。「夕焼け」の明日は、晴れ、「朝焼け」は、その日は、「下り坂、雨」と、いわれてたいるが、当たりです。今日は、午前は晴れていたけれど、午後からくもってきました。今、4時、風も少しあって、だんだん曇っていました。

歩き旅をしていた当時は、日々の天気にかなり敏感でした。なかでも、太陽の動きが、いつも気になっていました。日の出で太陽が東から上がり、昼になると、真上にある、夕方になると、西の空に沈む、この当たり前が、正確に続くわけです。

自分の真上に太陽がある、そうか「昼」だ、今、あそこら辺に太陽があるので、何時頃、と凡その検討がつく。日本国内だけでなく、外国でも、この法則は、通用します。東西南北、今、どっち方向に向かっているか、今、何時頃かの判断が可能です。ということを、長い間習慣にしてきました。

そういえば、UNDP(国連開発計画)で、スーダンに赴任していた当時、サハラ砂漠を走っていた時、ランドローバーの現地運転手に、太陽をみれば、時間がわかるということを話たら、「自分たちも、まったく同じだ、太陽を見れば、時間も方向も判断できる」、とのこと。

そんなことを、思い出しました。


2026年6月19日金曜日

勝ちどちら ホルムズ海峡 終戦合意

トランプ大統領は、G7(主要7か国会議)のレセプション(ベルサイユ宮殿)で、戦闘 覚書にサインした。衆目の見守る中で、ホワイトハウスの執務室で、何十回、何百回、やりなれた例の太目のサイペンで、派手にサイン。「ほれ見ろ、サインだ」、と叫びながら、サイン済みのペーパーをふりあげた。だれかが、小さい声で、「ブラボー」とささやいていた。

この先、60日間、アメリカとイランは、覚書の内容についての協議をすすめるとのこと。これで、海上封鎖は解け、石油を積んだ船は、自由航行が可能となる。イラン側も、覚書には同意したが、この先の保証は?

そもそもアメリカは、この戦争で、いったいなにをしたかったのか、イランをどうしたかったのか、わからない。大金を使い、犠牲者を出し、国内の分断という深刻な事態を出し、世界中の経済を巻き込み、とにかくマイナスばかり。

イランは、といえば、トランプさんが、核問題で協力に迫った核問題、結局、今の段階では、イラン側は、まったく譲歩していない。この先、どんな協議が行われるのか。

堀切菖蒲園、今が盛り。京成電車の停留所の名前が、「堀切菖蒲園駅」。年1回の菖蒲園駅の菖蒲が、今、6月。駅周辺には、提灯や、ちらし、花菖蒲の看板など、にぎやか。路線バス乗りで、堀切あたりは、ちょくちょく通過しています。菖蒲は、堀切だけでなく、小岩にも、北綾瀬でも見る事ができます。わが家から近い北綾瀬公園の菖蒲、小岩の菖蒲、どちらも、規模は、堀切より大きく、種類も多いのに、堀切の方が知名度が高いようです。そういえば、たしか、神宮外苑にも、規模は、小さいけれど、菖蒲がありました。。

梅雨時なのに、晴天が続いていますが、明日から、いよいよ雨、雨の日が続くようです。

2026年6月16日火曜日

ロボットが 世界記録で ゴールイン

北京で開催のハーフマラソンに、ロボット選手が 出場し、人間の選手たちと競争、優勝してしまったというニュース。テレビの画面にその様子が映っていたので、本当の話。マラソンレースは、ま、許せるが、これが、人間の持つ能力、私たち人間の能力を、ロボットが上回るなんて、と考え込んでいます。

うそつき大統領の続き。「バカ」殿大統領、自身の誕生日6月15日、アメリカ大統領官邸ホワイトハウスで特別記念行事を行いました。なんと、レスリング競技。有料、招待者の見守る中で、特設リング上では、ほんもののレスラー闘いました。最前列の席で、見物していたのが、大統領閣下。この興行のために、どれくらいの費用がかかったのか、だれがしはらったのか。

もひとつ、アメリカの話。あのマスク氏、自社の株を上場したそうですが。明らかにされたマスク氏の資産が、なんと336兆ドル。これが、どれくらいのことなのか、まったく想像できないが、なんと北欧スウェーデンの国家予算額とのこと。

そんなことを考えながら、本日もシルバーバスで、路線バス乗りへ。西新井~北千住~亀有~新小岩~綾瀬(北千住-綾瀬間はJR)。2時に帰宅。

ニュースでは、アメリカ・イランが、戦争終結のサインをした、と。しかし、イスラエルはレバノン(ヒズボラ)攻撃を続行しているそうです。

2026年6月15日月曜日

トランプの 「嘘」数えると 374回

さっきラジオを聞いていたら、アメリカとイランが戦争を停止するという協定に調印したという。でも、二期めのトランプ大統領、アメリカ・イランの戦争だけでも、いい加減なことを繰り返し、その嘘が374回だそうだ。とにかく、出まかせ、でたらめ、いいたい放題、こんな人間が大統領になれるなんて、信じられない。今回は、ほんとかな。

ワールドカップ、サッカー日本が、オランダと戦い、2ー2、引き分けとなった。毎朝の起床が3時半なので、早朝の試合といっても、楽勝です。はじめから、しっかり見てしまいました。ルールがあまりわからなくても、おもしろい。オランダは、なんども行ったことあり。たしか、レンブラント美術館へも。ユダヤ人が多く住んでいたという地区へも行った。アムステルのホテル、エレベーターがなく、大変なおもいで、階段で荷物を運びあげたっけ。次の試合の相手は、チュニジア。スーダンに赴任中、チュニスへは、3日間だけだったけれど、行ったことがある。アフリカで優勝したチームだそうなので、日本チーム、どう戦うのか、楽しみ。

 

2026年6月3日水曜日

台風で 梅雨入り宣言 発表更新

台風6号到来、朝4時の3POも、雨・風で断念。玄関を出たところの通路を、20分間歩いただけ。テレビもラジオも、途切れることなく、台風情報。今朝、九州に上陸した台風6号、だんだんスピードアップしながら、太平洋側を進む。紀伊半島、静岡、伊豆半島などに立ち寄りながら、午後、関東地方(房総半島)を通り、東方面に。大雨で、線状降水帯が発生し、河川が氾濫。どれくらいの被害か、明日の新聞。

ところが、台風報道のついでに、「週末、九州地方が、梅雨入り」か、と。確か、今年の梅雨入りは、早い、すでに九州は、梅雨入りした、なんて言ってました。あれって、なんだったのか。本日は、6月3日、どうやら「梅雨入り」宣言、ということらしい。

ということで、本日は、毎日のルーティング、シルバーパスで、路線バス乗りは、中止ということになりました。今年に入って、初めてです。 

2026年6月1日月曜日

シャロームを 叫びながら 戦うイスラエル

ほぼ毎日、路線バスで通過している「平和橋通り」。はじまりは、足立区の荒川にかかる千住新橋の足立区側の土手下が始まり。小菅を経て、堀切を通り、四つ木を通り、中川を渡る。渡るその橋が、「平和橋」。平和橋通りは、この後、新小岩から千葉街道の八蔵橋まで続いている。実は、20年ほど前、この全行程を歩いたことがある。7,8キロはある。

さて、最近のこと。いつものように、路線バス乗りで、新小岩から綾瀬駅行きの西武バスに乗った。いつものように、バスは、平和橋を渡る。橋を渡ってすぐの左側のマンション。入口に”Shalom”の文字を発見。このマンションは、もうずいぶん前からあったのに、気ずかなかった。なんで、なんでヘブライ語なのだ。しばらく考えた、堀切駅まで考えた。

ヘブライ語のShalomは、日本語だと「平和」。そっか、平和橋通り=シャローム。しかし、だれが命名したのか。イスラエルの母国語ヘブライ語 。

今から5,60年前だった。初めての留学がイスラエルだった。そのイスラエルで一番はじめに覚えたヘブライ語、「Shalom」。イスラエル人は、とにかくこのシャロームをよく使う。会うたびに、電話をするたびに。シャローム、シャローム。建国して、まだ間がそれほどたっていなかった頃である。イスラエル人たちは、歴史上、はじめて自分たちの国を手にし、国づくりに熱心だった。平和、平和、シャロームという歌もある。今でも歌えます。

そのイスラエルが、戦争をしている。シャロームの民が、戦争をしている。

2026年5月30日土曜日

今年こそ 夕空晴れた 足立の花火

朝から晴れていた。風は少し。30度という予報だったけれど、それほどの暑さは感じない。今日は、5月30日、「足立の花火」。

実は、2年続きの中止だった花火。一昨年は、本番1時間前の雨で、中止。昨年は、夏の実施を5月に変えての実施だったが、10分前の突然の強風で中止。足立区は、ついていない、なんていわれていました。今年こそはの花火大会。今日は、大丈夫そうです。夕べ、お月さんが出ていたので、今夜は、月と花火、なんてことに。

足立の花火は、いつ頃から始まったのか、一度だけ、現場、荒川土手に、見物に行ったことがあります。花火のことは、あまり覚えていませんが、終了後の混雑、大変でした。二度と行くまい、の結論です。

今夜は、遠くから聞こえる花火の音でもききながら、無事に終わって欲しい、と祈ってます。

2026年5月24日日曜日

電話あり 生存確認 お互いに

誕生日プレゼントの薔薇の手入れをしていたら、電話。実は、昨日からいわゆる「変」な電話が3回もかかってきたので、出ないでいたが、出たら、なんと高校時代の友人からだった。相手(女性)は、卒業してじきに、商社マンと結婚、海外をあちこち移転したらしい。かなり経ってから、香港に駐在していた時、いちど会ったことがある。香港の夜景を眺めながら、夕食をご馳走になった。

その友人、湘南に住人。たしか息子さんが、学習院卒とかで、自慢していたのを聞いたのが、最後で、そのあと、20年か30年か、音沙汰なし状態。「今どうしてる、元気」などなど、次々にこちらの近況の質問。自分の近況は、一切せず、電話が切れた。なんだったのか。生存確認か。

誕生日プレゼントの薔薇の花、きれいに咲いています。

2026年5月23日土曜日

誕生日 届いた薔薇の プレゼント

 5月22日、誕生日です。この日、誕生日のプレゼントが届きました。隠居になってから、欠かすことなく30年以上続いてのプレゼント。送り主からは、「次は、白寿やでえ、お互い何とか生き永らえましたね。バケツを用意して、受け取ってや」とのはがきがきました。

届きました。花屋さんが、重いですよ、と家の中まで、持ってきてくれました。たしかに、普通サイズのバケツでは、入りきれませんでした。

89歳の誕生日、薔薇に囲まれてのHappy Birthdayでした。

2026年5月20日水曜日

斑鳩の里より来る我が友と 語る思い出 コンポステーラ

10年ほど前だった。スペインの巡礼路コンポステーラへ。その時の旅友己波美津子さん、法隆寺のある斑鳩町の住人です。若い頃は、フルマラソンの選手として、関西方面では、知られた人です。日本はもとより、海外遠征も多く、活躍されてきました。

その彼女とは、熊野古道などを歩く旅友として、日本全国、旅してきました。サンチャゴ巡礼の後も、シベリア鉄道ー乗り鉄、など、ご一緒しました。

乗り鉄後輩として、最近は、ぼちぼちひとり旅をしており、今回は、東海道の由比宿のさった峠から富士山を眺めるための旅。晴天に恵まれ、感動の富士山だったそうです。その後、東京は足立区の神明町にこられました。

実は、神明町の落隠居の6冊の著書の文中絵、あれは、彼女の作品です。神明町のお泊りは、今回で3回目。共通の話題で、盛り上がりました。

翌朝、9時、綾瀬駅で、「じゃあね、またね」でお見送り、いつもの乘り路線バスへ。残念ながら、定位置からの富士山、晴れていたのに、今朝は、見えませんでした。

2026年5月18日月曜日

この暑さ まだ五月なのに ま夏並み

 夜明けが早くなった。4時すぎには、東の空は明るい。で、3POの時間を早めた。4時スタートなので、気象は、3時半。ま、それだけ早くに寝るので、大丈夫。

100mほどで、埼玉県という位置の神明町、4時でも、もう大型トラックが走っています。

これまでは、冬支度での3POだったのが、すっかり衣替え。手袋や、マフラーなどは、もう要らない。ダウンも脱いだ。今朝4時、16度だった。天気予報では、東京も暑くなるので、水分補給、自宅でも、躊躇せず冷房をつけましょう、なんで言ってたけれど、暑さは、それほどではなかった。

本日の路線バスからは、久々に富士山が見えた。東京の空、それほどすっきりしていなかった、春霞模様。バスは、シルバーパス、そのほか支出ゼロ日だった。

2026年5月12日火曜日

昨今の 地下鉄車内 朝10時

いつもは、綾瀬駅までバス、綾瀬駅から乗り換えるのは、路線バスです。

久しぶりに、地下鉄に乗りました。朝10時すぎ。車内は、乗客全員が座れるほどの状態、北綾瀬駅(千代田線車庫)の始発です。月に4,5回は、乗車していますが、乗客観察なんて、したことがない。まず気になったのは、マスク、です。路線バスでは、ほぼ全員、運転手さんも、乗客もマスクをしています。

次が、モバイル。乘っていた車両の中で、モバイルなしは、3人ほど(隠居を含む)。ちらっと覗いている人、しっかり読んでいる人、カチャカチャ動かしている人、いろいろ。中には、2つ同時に動かしている人も。

次は、足元、どんな靴を履いているか。勿論、下駄・草履は皆無。ほとんどが運動靴ースニーカー系。今、流行りの「かかと、すっー」のストレッチヤー。

マスクは、ほとんどの人が、「なし」で、この車両のマスク客4名。ちなみに、みなさん、トレーナっぽいシャッツ風が多い。女性も、お化粧バッチリ顔、ほぼなし。

というのが、観察した車内風景です。新御徒町駅で下車するつもりが、霞が関駅まで、行ってしまいました。路線バスとは、大きな違い、を実感したのでした。

2026年5月11日月曜日

ちょい散見 就職情報 そのない内容

「しごと情報アイテム」という印刷物が、毎週1回日曜日に、新聞に挟み込まれて、配達されています。実は、もうずーと前から入っていたのですが、見ることなく、廃棄していました。なんとなく、手にとって、目を通してみました。

「週3日、3h~OK」(未経験者大歓迎・食肉加工品のパック詰め)、「75歳以上でも現役、やる気のある方、大歓迎・(交通誘導指導員)、「午前中にしっかりお仕事、午後はフリー」・マンション清掃)、「定年退職を迎えた方大歓迎、コツさえつかめば簡単」(ビンの選別作業)、時給はといえば、1200円前後。

ご近所の高齢者でも、働いている人は少なくない。なるほど、なるほど、熟読しました。

30年以上も年金くらしの隠居ですが、「働く」って発想、皆無なんですよね。 

2026年5月10日日曜日

何気なく バナナひと房 仏壇に

今日は、母の日。綾瀬駅ガード下のお花屋さん、大忙しの日です。いつもより1時間早めの開店です。それでも、行列が出来ていました。メインの真っ赤なカーネーションが、店いっぱいにスタンバイ。なんでカーネーションなのかな。

ぶつぶついいながら、いつもの路線バス。亀有駅周辺でも、カーネーションを持った子どもたちを見かけました。なんで、カーネーションなのかな。

昔、昔、「母の日」なんていう日は、なかったような気がします。だいたい子どもが、母親に感謝するなんて、習慣(?)はなかった。働いて、収入が入るようになっても、プレゼントするなんて、考えたこともなかった。そんなことを考えながら、1時すぎに帰宅。

気がついたら、さっき買ってきたバナナを、仏壇に供えていました。




2026年5月7日木曜日

あれこれと いろいろあった GW(ゴールデンウイーク)

大型連休、たしかに大型だった連休、終了。今日・明日もお休みという人もいますが。この期間中、いろいろありました。海や川で溺れた人たち、交通事故ーひき逃げで亡くなった方、高齢者が多い、火事や地震も多かった。自分の子どもを殺した父親、母親、も。

GW中も、いつもとまったく変わらない日々を送っていました。毎日、いつものように、路線バスに乗り、近場をめぐる旅、一日4~5時間。バスの中から、つつじ、花水木、そして、今はしっかり葉っぱが新緑のみどりになった東京の春の景色。結構、満足しています。日本国内も、海外も、かなり、ほぼ全部、旅行済みなので、行きたいなんて、ちっとも思いません。ほんとうです。

いつも通りの日常でした。

2026年5月5日火曜日

はなみずき さくらのお返し アメリカ産

はなみずきの花は、とっくに散ってしまったけれど、花の後の葉っぱが、やたらきれいなので、はじめて気づいた。知らなかったけれど、後藤新平さんが、ワシントンへさくらの苗木を贈ったとの話、結構、みなさんも知らないようです。ご近所さんの何人かに聞いてみたけれど知っている人は少なかった。そのさくらの返礼に、アメリカから送られてきたのが、はなみずき。それまで、日本には、はなみずきは、なかった。

今日で、祝日は、おしまい。明日、5月6日は、5月3日の憲法の日の振替です。7,8日、休暇をとると、たしかに超大型連休になる。でも、みなさん、お出かけ先からお帰りのようで、本日の新幹線、空港、高速道路、いずれも、混雑のようです。

2026年5月4日月曜日

北は雪 南は梅雨入り この列島

大型連休真っ只中の5月4日、本日の日本列島の天気図。奄美地方が梅雨入りした模様、一方、北海道では、雪が降る模様、との予報。日本列島の長さを痛感。

成田、羽田空港、東京駅の新幹線ホーム、長蛇列の人々,どれくらいいるのかしら。

さっき、いつもの路線バス乗りから帰ってきたところ。路線バスの様子も、いつもとはちょっと違っていました。子連れ家族が、多かった。亀有駅近くのショッピングモールへの道にも、家族連れが、駅前発のデズニーランド行きの路線バス、こちらには、40人ほどの長い行列ができていました。

   いい天気 大型連休 最後まで


2026年4月15日水曜日

ハンガリー 野党勝利で 喜ぶEU

ハンガリーで、選挙。16年ぶりの政権交代。日本では、行方不明児童の事件、国際的には、アメリカ・イラン戦争などでマスコミは、超多忙で、ハンガリーの扱いは、ほんのちょっとの報道だった。ハンガリーは、なんども訪問した国で、どうも気になる国。

今回の選挙は、オルバン首相と、野党のマジャル氏の闘いだった。結果、オルバン氏が16年間の政権を交代することになったのだ。とにかく、オルバン全首相、気になって、気になっていたのだ。アメリカのトランプ大統領と仲良しで、自国第一主義、移民は大反対、それに、なんとロシアのプーチンと仲良しなのです。

それなのに、なんとEUに加盟している。EUの正式メンバー。プーチンとお友達なので、ウクライナを支援しているEU 内では、支援反対、唯一加盟国なのです。そうそう、イラン戦争で忙しいはずのアメリカのバンス副大統領が、わざわざブダペストを訪問し、オルバン氏の選挙の応援。結果、オルバン氏は大敗。新政権になった。EU側は、大歓迎、フランスもドイツ、スペイン、祝電を送っている。これで、全会一致で、EUによるウクライナ支援がはじまることになる。

ハンガリーは、冷戦時代、ソ連による共産圏の国ではあったが、戦争中、ブタペスト市内の地下室で、ハンガリーワインを醸造、戦時下のパリに送っていた、という話を、現場を案内された時に聞いたことがあった。だから、EUが結成された時、早い時期に加盟が許されたのだろう。

ブタペストの西方は、オーストリアだ。友人が多いウイーンへ行ったついでに列車で、ブタペストへは、ちょくちょく行った。国際会議は、ブタペストの丘のホテル(ヒルトン)で開催されることが多かった。たしか、3~4回、は出席。毎朝、丘のホテルからジョギングで、下のドナウ河岸までのジョギング。車道でない、人道があって、その道を下り、登りしたことを思い出した。

ブタベストのモンゴル人コミュニティを訪問したこともあった。一緒に、地方のサナトリウムと呼ばれる「温泉」に行ったことも。温泉は、水着の着用だった。

新政権になって、ハンガリーは、どう変わるのか、注目していきたい。

2026年4月12日日曜日

絵手紙の 発信先は 斑鳩の里

うっすらピンクの桜、その向こうに五重塔、一枚の絵手紙が届いた。もう10年以上、四季折々の絵手紙を下さるのは、奈良は斑鳩町の友。ずいぶん長いお付き合いです。スペインのサンチャゴ・コンポステーラ巡礼の旅や、シベリア鉄道の旅でも、ご一緒した仲。月2.3通は下さる。奈良の四季の絵、時々、地元法隆寺さんが描かれている。今回は、絵に「斑鳩の里、春爛漫」の文字があった。

なんども泊めていただいた彼女、斑鳩町、法隆寺から徒歩でも10分ほどの距離、近くに町営の銭湯があるのも、気に入っている。こういう景色のいい所に住んでいる人たちが、うらやましい。いまテレビで、「奈良」をJRが宣伝している。インバウンド客があまり行かないことを祈ってます。

ところで中東情勢。アメリカとイランの代表団が、開催地のイスタンブールに到着したとのニュース。なんでパキスタンが、仲介者になったのか。欲しがっていたノーベル・平和賞、あなたこそ貰うべき人、私は、推薦者になります、なあんて、トランプ大統領に、よいしょしたのが、パキスタンの首相だった。それは、ともかく、双方の会談がはじまって3時間、「合意いはいたらなかった」、と会談は決裂、双方とも帰国の途に、というのが今日一日の動き。

日本の総理大臣は、「国民のみなさんが、困らないよう、万全の努力をしている。石油の備蓄は、充分確保できる段取りが、整った。経済活動も、みなさんの暮らしも、しっかり守っていける、ご心配ないよう」、などと言っておられます。日本では、まったくとれない石油、海外産に頼らざるを得ない日本、

2026年4月7日火曜日

セブン銀行 初体験で 1万円

セブンイレブン神明店まで、50メートルのところに住んでいます。

以前は、ご近所の土地持ちさんが住んでいて、野菜の畑でした。少しづつ駐車場になり、たしかスペインの巡礼コンポステーラから帰国したら、セブンイレブンになっていました。牛乳、ヨーグルト、玉子、納豆は、ここで調達しています。

セブンイレブンが、銀行と同じ機能を持ったATMがあるのは、知っていましたが、そのATMを利用したことはありませんでした。どっちかというと、カードはあまり好きではありません。以前は、テレカ(テレフォンカード)を集めていたことがありますが、不要なので、処分。

さて、高市政権の影響か、足立区でも、全区民に現金が配られることになりました。「食料品等物価高支援給付金」、ひとり1万円。その旨の通知がきて、見ると、セブンイレブンで手続きをする、とありました。締め切りが、4月28日とあるので、やらなくちゃあ。(ちなみに乗ったバスの中で聞こえたきたのは、江戸川区は、支給額3万円だって)。

さっそくセブンイレブンへ。いつも顔を合わせている中国人の店員さんに、「ねえ、ATMの使い方、教えて」、というと、「わたし、それ、出来ません」、だって。そうだよね、現金を扱うんだもんね、納得。

いったん自宅に戻り、区役所からの通知、ATM取り扱い方、を熟読。

もういちど、セブンイレブンへ。

電話の向こうで、区役所の係が説明。パソコン用語が理解できず、「はじめから」をなんどか繰り返す。3回めに、ようやく完成。ATMの左端から、10,000円札が一枚ほいっと出てきました。ATMってこうやって現金が出てくるんだ、といたく感動しました。世の中の人たちは、こうやって現金を引き出し、生活していることを、実体験、なんだか、うれしかったです。今、自力で引き出すことに成功した10,000円札が、テーブルの上にあります。

ちなみに、ATM用のカードは、持っていません。

2026年3月30日月曜日

旅立ちは 満開さくらに 送られて

先週、先週末、卒業式が行われたようです。 幼稚園は、卒園式っていうらしい。綾瀬駅近く東京都武道館では、毎日のように、着飾った女性たちが出入りしていました。

女性が和服姿になるのは、成人式、卒業式ですが、男性は、成人式には、和服もいるけれど、卒業式に「和服」っていうのは、ないみたい。もひとつ、卒業式では、女の子、男の子、いずれにも父兄同伴(ほとんどが、お母上)なのに、成人式での「ふけい」同伴ってえのは、ないみたい。卒園式といえば、ご両親同伴が多いそうです。そのため、土日の挙行が多いとのことです。

そんな卒業式、いくつもやったことになっているけれど、自分は、どうだったのか、思い出す努力をしてみました。

幼稚園、東京は、中央区木挽町、今の東銀座です。生まれたのが聖路加病院、幼稚園は、病院の近くだったらしい。写真が一枚あったけれど、記憶皆無。小学校は、疎開先の埼玉県、こちらも、終戦直後だった入学式、新品のランドセルを「犬」に背負わせて、ぼろぼろに破壊、その後、教科書を包んだ風呂敷を背負っての通学だったことぐらいしか思い出せない。中学校時代は、足立区内中学に転校、チャリで神田神保町の古本屋に通っていた、修学旅行は、松島(写真があるので、そうなんでしょう)、卒業式ってあったのかな、思い出すことはない。高校時代、とてもよく覚えています。でも、勉強のことではなく、「遊び」のことどもです。30分ほど歩いての通学、バスケット部、陸上部にはちょっと、落研(落語研究会)などにも入っていた、とにかく、誘われれば、やってみる式で、ちょい役だったけれど、文化祭で、英語部の「リヤ王」劇に出たことも。卒業式より、式ーその後、綾瀬駅近くの食堂で、打ち上げと称して、卒業式その2を盛大にやりました。ちなみに、当時の高校では、男子校だったので、1クラス男子50名、女子6名だった、女子は、貴重品(?)だった。

大学時代は、大学紛争真っ盛りで、学生運動のために家を出て、蒲田で下宿したこともあった。入学式とか、卒業式など、学生が集まる公式行事は、なかったようだ。大学院は、たまーにゼミナールに出席する程度で、論文は、しっかり書いた、提出もしたが、その後、国連に就職するために必要な書類を貰いに行ったのが、唯一事務局に顔を出したということに。

こんな具合の卒業式、思い出すことは、ほぼない。母親が学校に来たことは、いちどもありません。運動会、文化祭などの行事にも、来ませんでした。父親が洗濯屋で、多忙で来られなかったのではありません。母は、今で言うと、運動の活動家だった、女性運動、消費者運動などにはまっていたみたいで、忙しく出歩いていたみたいで、子どもどころではなかった。だから放し飼い状態の子どもは、早いうちから好き勝手の毎日を過ごすことが出来たっていうわけです。

ま、人生、いろいろある、今、思い出しても、わが親の子育ては、よかったんじゃあないのかなあ。



2026年3月23日月曜日

JR 値上げしたので 路線バス

足立、葛飾の路線バスといえば、都バス、東武バス、西武バスで、シルバーパスで、どれにも乗れます。この他に、ミニバス=コミュニテイバス、が走っています。ミニバスは、小回りが利くので、結構狭い道でも走れます。ミニバスというだけあって、座席は11人。ということは、11人以外の乗客は、たちんぼう。

右見ても 左を見ても みなシルバー

朝晩のミニバスの利用者は、通勤、通学の乗客で、11席は、始発時に通勤、通学者で占拠(?),途中の停留所での下車はない。みなさん、お疲れのようで、ほとんどが、目を瞑っておられます。それでも、途中から乗車の高齢者、

あてにして、シルバーシートの 前に立つ

11席のうち2席がシルバーシートで、車内アナウンスが、「必要としているお客さんに、席をお譲り下さい」、と繰り返していました。みんな疲れているのでしょう。

ラッシュ時が過ぎると、ミニバスの乗客は、ほぼ全員、シルバーパス利用者。

今日もまた シルバーバスで 路線バス

車内は、かなり賑やかです。聞こえずらいからか、みなさん、大きな声での会話。これってデイケアセンター行きのバス(まだ体験したことないけれど)、こんな感じなのかも。

今朝は、いつもの日課、綾瀬駅まで東武バスに乗る。亀有行きのバス停で、いつものシルメイト(シルバーパス友)に会いましのた。彼女、シルバーパスで都電に乗って、飛鳥山(王子駅)へ行ってきたとのこと。桜には、ちょっと早かったけれど、と報告がありました。

じい ばあさん シルバーバスで 花見旅

1時すぎに帰宅。テレビをつけたら、トランプ大統領、好き勝手な記者会見をしていました。どうなるのかな、この先、日本、世界・・・・

2026年3月5日木曜日

カサコソの 落ち葉踏む音 今日啓蟄

風はかなり強いが、いい天気。西の空、まん丸い「月」。ちょっと欠けている感じだけれど、まあまあ満月。4時、まだ真っ暗。どこから落ちてくるのか、枯れ葉が、音をたてて、飛んでくる。今日は、啓蟄。

お節句に やっぱり似合う 桜餅 

3月3日、お節句だった。が、翌日の昨日、なぜか一日遅れで、桜餅をいただいた。下さったのは、フィリピン人のお母さん。お節句を一日間違えたとのことだった。その桜餅、それが、なんともいえないコンパクト版。10cmx8cmのタッパに、桜餅が5個、ひと口サイズの桜餅。ピンクの餅、中味のあんこはホンモノ、だからお味は、ホンモノの桜餅です。さて肝心の桜餅を包む桜の葉っぱ、これまたホンモノ、で一枚の葉っぱの二分の一で包まれてます。こんなに小さな桜餅、どうやって作ったのかな、一瞬考えながら、パクリ。おっ節句の桜餅、今年もいただきました。

トランプも イスラエル軍も まだやる気

今日で、5日め。イランだけでなく、中東全土が戦争まっただ中。ドバイ空港で、足止めの乗客たち、お気の毒。あの空港は、なんどか利用したことがあるけれど、とにかく広い、大きい空港だ。ロシアのウクライナ戦争で、ヨーロッパ行きで、ドバイ経由にする人が増えたこともあり、とにかく、早く戦争は、終わりにしてほしい。



2026年3月1日日曜日

まず空爆 理由(わけ)は後から ついてくる ???

 今朝4時、NHKの臨時ニュース。「アメリカ軍、イスラエル軍が、イランを攻撃」開始。

アメリカとイラン、ここのところ会談を続けていたが、好転せず、アメリカの攻撃は近い、なんていわれていた。それに、イラン国内での反体制運動が高まり、200人とか300人もの犠牲者を出していた。

トランプ側の言い分は、イランは、核爆弾の開発を企んでいる、イスラエルのネタニヤフ首相も、この地域(中東)から核の脅威をなくすため、との理由だった。ほぼ同時期に、両国はイランに侵攻したというわけ。

さっそくG7加盟国や、国連安保理が、即停戦を呼び掛けたが、そう簡単に終わりそうにない。トランプや、ネタニヤフ、事の次第を真剣に考えているのか、この戦争、止められる人っていないのか。

アメリカ、イスラエル、留学したことのある国、ほっとけないんです。気になって仕方ないんです。そんなことを考えていたら・・・・

   洗剤を 忘れたままで お洗濯

洗濯機、途中で止める方法がわからず、ま、いいか、と洗剤なしで続行、そのまま最後まで、回し、さっき、干しました。気にしない、気にしない。

2026年2月25日水曜日

水不足 この本降りで 解消か

今朝の4時、3PO時は、まだ降っていなかった。6時すぎに降りだし、それからずーと降っている。今、4時、風も吹いている。昨日とくらべると、10度くらい低い温度、寒い。この雨は、都心で117日ぶりとのこと。

それでも、ルーティングは、いつも通り。9時15分のバスに乗った。途中、3度乗り換えた。青砥橋から昨日見えた富士山は見えない、近くのスカイツリーも、雲の中。二日前の事故ーエレベーター故障、本日もまだ復旧していないとのこと。路線バス、いつもより空いている。雨降りで、シルバーパス乗客たち、さすがみなさん自宅のようです。13時帰宅。近くのバス停から自宅まで、傘がさせないほどの強い風。こんなの久しぶりだった。

二日目の国会中継、代表質問をテレビでやっていた。3時半まで、見てしまった。参政党、チームみらいは、初登場。質問を受けてのPM(高市首相)の答弁は、悠々としたもんだ、った。ぶっちぎりだもんね。

その後、オリンピックは、もう終了かと思っていたら、りくりゅうペアが、外人記者クラブに出演していた。おなじことを何度も訊かれ、大変だなあ。

夕刊には、トランプ大統領が、年頭教書、相変わらず、自らをホメちぎった内容。ウクライナについては、触れていなかった。今日で、開戦4年めになり、夕べは、ロシアによる攻撃で、酷寒のウクライナの様子が報告されていた。まだ戦っているのだ。

この雨で、深刻になりつつあった水不足、なんとか解消できるか。まだ降っている。

2026年2月22日日曜日

久しぶり 感動しきりの オリンピック

ここのところ、ほぼ毎朝2時、3時からテレビ漬け。そう、イタリアでのオリンピック競技の実況番組。こんなに、テレビ漬けになったことは、そうない。

xcークロスカントリースキー の競技だけは、結構見てきたが、フィギュアスケート競技をこんなに見たことはない。スケートそのものを、いちどもやったことがないし、近くで見物したこともないからか、関心がなかったのだ。

それにしても、「りくりゅう」ペアは、凄い。女性ペアを、ほり上げる、ほり投げる、頭の上で、ぐるぐる回転する、片手で女性のからだをもち上げる、それも不安定なスケート靴を履いたまま・・・・・日本の伝統はしご乗りよりも難儀な技だ。彼らが演技中の4分間、座ってるわけにはいかず、立ったままで、見入っていた。ただただ、凄い、凄い、と感動。

というわけで、毎日ルーティングにしている朝のエックササイズが出来ない。3POは、時間がずれても実行しているが。オリンピックは、もうすぐ終わるので、それに、いくらか朝の時間が、明るくなりつつあるので、つづけます、がんばります。

酷寒の モンゴル友人 家全焼

 モンゴルの友人から電話。「あのねえ、家が燃えて、なくなっちゃたあ」、「えっ」、とわたし。あまりにも声があかるいので、もういちど「燃えたって、なんで?」、聞き返す。      よく聞くと、ウランバートル郊外の、ちょっとした丘の中腹に、彼女は家を建てた。それまでは、スフバートル広場からそう遠くない地区の、5階建てアパートに住んでいた。彼女のお母さんが生きている頃からだから、4、50年以上は、経っていた。大学教授だったのは、数年で、その後、社会教育のNGOを立ち上げ(立ち上げに、協力)、今日に至っている。それほどの蓄えのない彼女だが、草原に近いところにと、郊外の地を見つけ、3部屋の一軒屋を建てた。二度ほど泊めて貰った。

その家が、燃えてしまった、という。

よく助かったね、と訊くと、実はね、飼い猫のおかげ、とのこと。猫が、走ってきて、私の膝に飛び上がったので、台所の方を見ると、火が燃え上がっていた、と。結果、自宅は全焼。そのことが、報道されると、国中の教え子たち、友人、知人たちから、お見舞いが届いた。その中に、これ、あっぱれな猫ちゃんに、と猫の餌が入っていたのよ。

今は、市内のアパートが仮住まい。これからどうするか、考え中。そうそう、いただいたものの中に、なかったもの。「下着、さすがに、みなさん気づかなかった。で、デパートで、昨日、買ってきたわよ、パンツ。新しいパンツって、気持ちいいわよ」、なぜか、とっても明るく喋る彼女、ナランゲールさん(通称・ナラン)、これって、実話なのか。電話があったのは、旧暦のお正月ー2月9日だった。 なんとかして、お見舞いしなければ、と考えている。



2026年2月13日金曜日

ピンゾロで クロカンレース 24時間

 今、イタリアで「ミラノ・コルテイナオリンピック」が開催されている。

ミラノは、イタリアでも北部に位置し、オーストリア、スイスに近い。そのミラノ近くの村ピンゾロで開催されたクロスカントリースキーの24時間レースに参加したことがある。

当時は、まだ現役で、仕事も超多忙で、しかし、なぜか趣味もバリバリだった。

クロスカントリースキー(XC)を始めたのは、札幌オリンピックであまったXCの用具一式を手に入れたことにはじまる。それまで、山スキーは、やったことがあったけれど、XC は、初体験。未知のスポーツだった。と、その時、実際にやるチャンスがやってきた。

フィンランドのヘルシンキで、たまたま国際会議が行われることになり、ついでに新しい用具の使いはじめを、と決めた。「フィンランド・フィフィト」ー距離は65キロ、」申し込み、20年以上、毎年参加しているという高齢女性に助けられながら、完走。

その後、スウエーデン、デンマークはじめ、ヨーロッパ各国でのXCレースに出場。そのひとつが、ピンゾロ24時間レースだった。ピンゾロは、初めてだったが、羽田から乗ったアリタリア航空でミラノへ行き、ミラノからオーストリアのインスブルック行きの列車に乗り、ピンゾロへ。

海外からは、15カ国ほどで、参加者も50人くらいだったか。主催の村で用意してくれた農家に泊まった。レースに出るんだから、と毎食大ご馳走のイタリア料理。その上、これ、好きな時にどうぞ、と鍵を渡された。ワインケラーの鍵だった。その時以来、イタリアワインキャンテイの愛飲家になった。

レースは、今日の正午から、明日の正午までで、決められた村の中のコースをぐるぐる回るというもので、真夜中、「ジャパン、ジャパン」と応援の声。民宿の家族が、あっためたワインの差し入れをしてくれた。おかげで、寝ずの24時間レースを完走することが出来た。

このレースのアジアからの参加者は、ひとりだった。20名ほどの女性出場者中、6位で、メダルを頂いた。走りながらながめた近くの山々は、ドロミテ山塊。その後、ドロミテンラフというXCレースに出場したこともある。

いま、その地で行われているオリンピック。ミラノは、冬以外の季節になんどか訪れたことがあるけれど、ゴンドラに乗ったことはない。東京の日本橋下の遊覧船には、なんども乗ったけれど。


2026年2月11日水曜日

ガチャ勝ち がちゃ負け 総選挙

総選挙が終わった。いつもは、9時前には寝ているのに、ひと晩中、テレビをつけたり、ラジオにしてみたり、結局、朝の6時まで起きていた。選挙が好きっていうわけではないんだけれど、なんとなく気になって。

夜8時に開票番組が始まった。出口調査とか、即時結果とか、いいながら、当選者の氏名が流される。ほとんどが、自民党。野党の候補者名は、ない。えっ、なんで!1時間たっても、2時間たっても、同じ状態で、自民の候補者寝名。真夜中をすぎると、たまーに、「中道」の当選者名。そんなこんなで気がついたら、朝の6時になっていたっていうわけ。

選挙前、公明党が、自民との連立から「いちぬけた!」が、コトの始まり、だったような気がします。憲政上初の女性首相となった高市さん、それなら、と「衆議院解散」を威勢よく宣言。あわてふためいて立ち上がったのが「中道改革連合」という政党。これまで、公明党と立憲民主党の間で、すすめてきたプロセスだそうで、新党が発足しました。

「自分たちの都合で、解散するのは、けしからん」、「だいたい準備期間がなさすぎ」などとの批判が続出。総選挙の準備期間が必要なのは、立候補する候補者、それにあること、ないことを予測報道するマスコミ。立候補したい人は、普段から、有権者のみなさんとのコミュニケーションをとっておくべき。この鉄則がないがしろにされている。

足立区からの候補者(政治家)さんたちは、選挙の時にしか見たことがありません。それが、選挙となれば、名前を連呼するだけの街頭宣伝車(街宣車)が走り、郵便受けに選挙用の自己宣伝が配布され、新聞には、スーパーの売り出しといっしょにちらしが入っています。といっても、昨今は、新聞をとっている家庭は、少なくなりましたが。

そんなお付き合いの候補者の名前を書くためだけに、投票所へ行かねばならない、民主主義っていうのは、なんとも、めんどうな制度だと思うんですが。

この人たちに、かなりの額の交付金というのが、政府から出ているんです。たとえば、がちゃ勝ちの自民党には、153億円(年間)、中道改革連盟は、23億4000万円。

そんなこんなで、総選挙結果、いろいろ不満をひきづっています。

とぶつぶついいながら、ミラノ・コルティナ五輪、こちらは、朝4時からの観戦です。朝の4時は、いつも起床する時間なので、寝不足にはなりません。


2026年1月17日土曜日

忘れない 31年 あの日から

阪神淡路大震災から31年、テレビの時報5時46分、黙祷した。当時は、指圧の学校に通学していた。朝食しながら見ていたテレビに、地震直後の神戸の様子が写っていた。それでも学校に行かねばならず、いつものように自転車で北綾瀬駅へ。電車の中で、乗客たちが、心配そうに、地震の話をしていた。

その後、神戸の友人の案内で、地震で復興した地域を見て回った。淡路島の震源地へも行った。今朝の「その後、ニュース」では、6346人が、関連で亡くなったとのこと。

そして、東北の地震、津波は、16年前のこと。あの日、武蔵野の寺の巡礼の帰りだった。大宮から乗車した京浜東北の電車の中で、地震を体験。浦和から足立区神明町まで、真夜中の行軍を体験。

そんなことを考えながら、本日は、路線バスでなく、乘り鉄で回ってきた。東武スカイツリーラインで、西新井から春日部へ。春日部から柏まで、東武アーバンパークラインに乗車。柏から綾瀬まで、乘った。晴れていたけれど、いつものところに富士山は、なかった。

気になるニュース。ベネズエラのマチャド女史(野党党首)が、貰ったばかりのノーベル平和賞を、こともあろうアメリカ大統領のトランプさんにプレゼント。

この頃、わけのわからないことが、多すぎ。

2026年1月3日土曜日

初歩き 西の空に ちょっと月

自慢じゃないけれど…大雨でないかぎり、毎朝4時に3PO(散歩)しています。昨年の11月から 「欠勤」なし、ときうことは、皆勤です。1月1日ー「初歩き ほぼ満月の 西の空」

昔はー今から数年前まで、ほぼ毎年、正月は、旅先だった。

熊野古道との付き合いは、長い。20年近く通った。暮れの29,30日から正月3,4日頃までは、熊野古道の旅だった。熊野灘の向こうからの初日の出、なんども手を合わせた。

この正月、富士山が見える路線バスに乗ることにした。

環7が青砥陸橋を渡る時、富士山がみえる箇所がある。1月1日(元旦)、亀有から新小岩行きの路線バスに乗った。少し雲があったが、スカイツリーの向こうに見えた、真っ白な富士山の雄姿。正月から縁起がいいぞ。1月2日、昨日よりも雲が低い。スカイツリーも、ガスっている。見えないかな、見えなかった。で、本日、1月3日、もう一度、乘った。空は完璧に晴れ上がっていた。見えた。スカイツリーも、なんだかいつもより格好よく見える。立派な富士山。ということで、富士山目当ての路線バスで、新年は、始まった。

お正月の路線バスは、乗客が極端に少ない。運転手さんも、気がつけば高齢男性が多い。今どき路線バスの運転手さん、女性が増えてきた。人出不足のせいか。