2022年3月10日木曜日

王子の卵焼き と 焼売(しゅうまい)

 王子駅、久しぶりでした。

埼玉の高齢者団体のお手伝いをしていた頃、帰りがけのルートは、王子駅経由で、ここから都電に乗るか、都バスに乗るか、いずれもシルバーパス可能なのです。その王子駅周辺には、飛鳥山公園があり、博物館が3つもある。公園は、四季それぞれ、風情があり、特に春の桜は、見事です。ただ、花見見物人が多いのが難。

王子駅で下車すると、楽しみなのが、卵焼きと焼売です。

卵焼きは、JR王寺駅の裏側すぐのところにある『王子扇屋』。卵焼きしか売ってない、屋台風の店です。実際に卵を焼いている調理場は、奥の方にあるはずですか、売っているところは、気付かずに通りすぎてしまう。

ところが、です。この扇屋さん、昔は、料亭だった。1684年創業というから、江戸時代からの老舗。広重の絵に登場する立派な料亭で、この卵焼きを、江戸の人たちも味わっていたなんて、ロマンを感じます。今は、ちなみに、日本橋高島屋で買えるとのこと。値段は、本店(?)と同じ650円。

これまで、なんどか買いに行ったことがあり、いつも、店番兼料理人の高齢のご主人だったのに、この日は、女性(やっぱり高齢)だった。そっか、ご主人、もしかして亡くなったのかな、と。しばらくして、もうひとりお客さん。常連さんらしい。特に急ぐでもなく、中から出てくる店の人を待つ。「甘すぎず、それでも味がしっかりしていて、ね」、というので「そうですよね、うまいんだよね」。

おしゃべりをしていると、後ろから声がかかった。「毎度、ありがとうございます」、と、見るとあのおやじさん。白いYシャッツに、紺色の背広姿、杖をついていたが、まちがいなく扇屋のおやじさんだった。今日は、町会の寄り合いがあったんでね、とのこと。「コロナで大変ですね」、というと、うちは、都や国などから、オカネもらってないけど、ま、いつものように、好きにやってるんでね、とのこと。なるほど、なるほど。この日も、650円の卵焼き、おいしくいただきました。

もう一軒は、焼売。王子駅前の反対側、「お札と切手の博物館」沿いにある豚肉専門店。息子と、その母(90歳くらい)のふたりでやっている店。息子は、肉を切っており、お母さんは、豚肉の焼売、ぎょうざを調理、それに店番役。肉の販売が主だが、焼売、ぎょうざも、結構、売れている。客が来ると、「ばっちゃん、お客さんだよ」、と息子が声をかける。中の方から、ばっちゃんが「あいよ」、と出てくる。いつだったか、トシを聞くと、もうじき90だよ、と息子。買うのは、いつも焼売。380円。買わない日も、なんとなく気になり、店番さん、健在かな、と覗いている。焼売、でかくて、6個入り。味、抜群。

帰りのルートは、本日は、都バス。王子駅から北千住駅まで、約40分。1時間に1本という路線バス。10分ほど走ると、北区から足立区に入る。足立の西の端、新田地区。ここに大きな団地ができた。「ハートアイランド」という高層ビル住宅地で、バスは、ビル群の中をぐるぐる回る。ここの小中一貫校(足立区立)に、うちの近くの子どもが通学しているので、存在は知っていた。

ハートアイランドを出ると、荒川土手。右に墨田川、左は荒川で、バスは、土手下の道路に沿って走る。住宅は、ほとんどないので、乗り降り客は、ほぼゼロ。

ここは、赤羽駅からのルートで、荒川に架かる江北橋、扇橋、西新井橋を見ながら、千住新橋をすぎ、堀切橋を渡って、堀切から綾瀬、そして神明町と3~4時間かけて自宅までを、月1~2回は、歩いていた。おかげで、11年前の東北大震災の日、浦和駅から神明町まで6時間ほどかけて、歩くことができた。

途中の江北橋の宮城側には、富士塚のある氷川神社、墨田川向こう側には、荒川遊園地が見える(今は、工事中)。西新井橋で、土手とわかれて側に右折。周辺は、最近、大学が新設され、若い人たちで賑わっている。ここから、10分も乗れば、北千住駅だ。



2022年3月6日日曜日

東武アーバンパークライン

 若気(わかげ)のいたり、っていうのが、いくつもあった。

フランスとの国境を越えて、スペインへ。トラックの荷台に乗り、幌をかけて、ピレーネ山脈を越えて、スペイン側の地元教会へ。スペインの州独立派を激励するため、というのが、たしか目的だった、ような気がする。あまり確かではないけれど、政治的な国際会議に出席の仲間たちが参加し、それに加わった、ということ。その時の、全員が、目隠して撮った教会での集合写真が、日本に送られてきたので、あれは、事実のことだった。

思考回路が狂ったようなプーチンの暴挙、毎日、そればっかり見ているうちに、そんな昔のことを思い出した。そんな日常から抜け出したくて、出かけた。どこでもよかった。

とりあえず、線路のあるところ。西新井駅から東武線に乗った。どこへ行くか、どこで降りるかを決めずに。急行や、快速ではなくて、考えるため、すぐに降りられるように、ドン行(普通)に乗車。竹の塚(東京都)から谷塚(埼玉県)へ。越谷をすぎ、車内アナウンスが春日部、というので、下車。ここを、東武野田線が通っている。

ホームへ出ると、すぐにきたのが普通列車の船橋行き。これに乗った。昼すぎなので、乗客はちらほろ。空いている。乳母車に乗った赤ん坊が、大声で、わけのわからない歌をうたっていた。お母さんは、スマホに熱中していて、気にする気配もない。わりと近くで、サラリーマン風の男性が、カバンを抱えたままで、爆睡している。電車は、まじめに、各駅に停車。コロナ対策で、窓開け中なので、寒い。でも、こういう車中にいることが、なんともいえない、いい感じなのです。

駅に着いても、乗る人はなく、降りる人もいない。沿線はといえば、駅周辺は、戸建ての家が多く、しかし、まだまだ、たんぼや畑がいっぱい残っている。白い梅の花が咲いている。間もなく清水公園駅。公園には、バラを見にきたことがある。野田市は、あのキッコーマン醬油の発祥の地だ。醤油工場が並んでいる。

野田市で、思い出した。20年くらい前のこと。夏山の北アルプス、常念岳頂上近くで、5名の女性グループに会った。うち一人が体調が悪くなり、みんなで、心配している様子。で、こちらは、単独行、ここら辺の山は、ワケ知りなので、お助けマン、ということで、彼女のザックを持ってあげて、小屋まで、ご案内。そのことがきっかけで、リーダー格のNさんと知り合いに。Nさんは、松戸の病院の看護師さんで、野田市の住人。ある時「うちの庭の栗、たくさんあって、困っているので、採りにきて欲しい」との連絡。もちろん、すぐに参上。

Nさん宅は、元農家。広ーい敷地で、庭には、栗の木が10本ほどあり、畑も広く、ご近所さんたちに開放していた。ご自分は、新築の瀟洒な2階建てに住んでいた。もともと山菜採りや、栗ひろいが趣味だったこともあり、秋になると、野田通いを楽しんだ。拾ったばかりの栗を、庭で火を焚いて、大きな釜で茹であげ、ひとつづつ実を取出す作業。20キロ近くを背負って、つくばエキスプレスで八潮駅まで。わが家のベランダで、3日間ほど干して、ご近所さんにプレゼント。秋のいい思い出。

東武野田線は、今は、東武アーバンパークラインという。乗ってみて、Urban(都会)というよりも、Local(田舎)という感じ。大宮駅から船橋駅までの約60キロ、沿線には、計画なしの戸建てやアパート群があるけれど、たんぼ、畑、やぶ地が多い。こういう路線、首都圏には、いくつもあるんじゃないか。

一日中、いい天気だったので、夕日がきれい。風は、つめたい、でも、なんとなく、いい気分だった。やっぱり、乗り鉄。やめられない。



2022年3月2日水曜日

久しぶりの「山手線一周」 乗り鉄

月曜日なので、そう混んではいないはず、と出かけました珍しく都心です。しっかり都心ー山手線を一周してみました。

3月1日、春いちばんの旅です。

上野駅をスタート。時間は、11時30分。電車は、そう混んではおらず、鶯谷から池袋方面へ。

電車のタイプ、しばらく乗らない間に、随分、よくなっています。車内の広告が、貼り付けの紙広告ではなく、動画です。

①予備校 合格者が、私は、この予備校でがんばりました。合格しました。

②新発売 缶入り赤ワイン、白ワイン、男女の俳優さんが乾  杯!

③美容外科 ムダ毛の手術は、

④ふるさと納税 北海道の町の宣伝

⑤リクルート 転職をサポートします

⑥韓国医療 美容系

⑦東京都のPR,お知らせ 職業訓練所、だまされない

⑧デイズ二ーランドの特集のお知らせ

⑨東京スター銀行

⑩スキンクリニック 男性頭髪ケア 

こうした動画が、繰り返し、繰り返し出てきます。乗客のみなさんは、といえばスマホに忙しく、あまり見ていない。電車は、混んでおらず、ほぼ全員が座れる状態です。約1時間、たのしかった。

  上野をあとに池袋 走る電車は内まわり わたしゃ近頃外まわり 

  彼女の招いたうぐいす芸者 日暮里笑ったあのえくぼ

  田端を売っても 命がけ  想うはあの娘(こ)のことばかり

  この胸のうち 駒込と 愛の巣鴨に伝えたい

  大塚なびっくり度胸をきめて 彼女に会いに池袋

  高田の馬場や 新大久保のおじさんの意見など

  新宿聞いてはいられません

  代々木になったら家を出て 原宿減ったら 渋谷顔

  彼女に会ったら 恵比寿

  おやじのいきてて目黒いうちは 俺もいささか五反田

  大崎まっ暗 恋の島 

  彼女に贈るプレゼント どんな品川よいのやら

  田町にゃ夢中で踊るよな 色よい返事を浜松町

  そのことばかりが新橋で だれに悩みを有楽町

  想った私が す東京なんだ神田の行き違い

  彼女はとうに秋葉原 ほんに御徒なことばかり

  山手は暮れ行く 恋でした。

          (その後、追加された新駅2つを除く)

  高校時代、今から〇〇年前、上野鈴本亭に通って、覚えた落語の一節です。ま  だ覚えていた。この5月22日、84歳になる予定です。

  


  

2022年2月28日月曜日

青空だ どこへ行こうか 筑波山

洗濯ものも乾いたし、昼ご飯も食べたし、ウクライナが気になるけれど、出かけるか。昨日は、ほぼ一日、テレビ、ラジオに釘づけ。「わがロシアには、核もある」と 発言していたプーチン。戦闘服姿のルカシェンコ大統領「なにがなんでも、わが祖国ウクライナを守る」との悲痛発言。

どうなることやら、ベランダから空を眺めていたら、「どうなるわけでもない」、「行くっきゃあない」、といいながら、出かけることに。ペットボトルに水を入れて、この範囲でのお出かけです。

北千住駅は、日曜日だし、晴天なので、この人出。人流をさけて、改札に。電車に乗ります。都心じゃあなくて、郊外へ。すぐに来たのが、特別快速土浦行き。14時18分。もちろん、いつものように最後部のボックスシート車に乗車。トシの頃、同じくらいかな、高齢の女性が座っていた。手提げかばんから出した印刷物を読んでいる。盗み見すると、都内の福音協会とある。なるほど、今日は、日曜日、教会帰りなんです。こちらは、取手駅で下車されました。

雲ひとつない、すばらしい天気。いい日、旅立ちです。中川、江戸川、利根川、小貝川を鉄橋で渡り、荒川沖の次が土浦駅。終点です。さあ、どうするか。車窓からの景色に感動していて、土浦から先のことは、考えていなかった。北千住~土浦間は、990円。

改札を出ると、駅構内には、店舗が多い。松戸駅、取手駅などより多い。覗くと、水戸産のおみやげ、納豆、納豆菓子などもあった。

駅から外へ出る。と、右手向こうに山。筑波山だ。決めた、つくばへ行こう。バスがあるはずだ。バスターミナルで「つくば行き」のバスがとまっていたので、運転手さんに「エキスプレスのつくば駅に行きますか」、と尋ねると、OK.もちろん、都発行のシルバーパスは使えない。日曜日だからか、客は6名、少ない。前方右に筑波山をみながら走る。

と車内アナウンス「わたしたちの茨城県にようこそ。茨城には、いい所が沢山あります。しかし、よく知られていないのが、残念です。途中、いい所を、ご案内します」、と女性の声です。国際興業バスの土浦駅からつくばセンター行き、その間、それらしきご案内、ありませんでしたが。

しばらく走って、左折。筑波山の勇姿が、かなり近くなってきた。ひろーい田んぼの中の山、かっこいい。小貝川を渡ると、つくば学園都市に入る。20階以上もあるかな、高層アパート群が続く。こんなに大勢の人たちが、ここで働いているのか。つくば市へは、反対側ー北側ばかり通っていたので、南側から入るのは、はじめて。知らなかった。そういえば、何年だったか、つくば博覧会、来ているのに、なーんにも思い出さない、出せない。

間もなく、バスセンターに到着。運転手さんが「あそこの階段を下りると、駅だから」と教えてくれた。地下構内、人気(ひとけ)、ほとんどない。レストラン、コンビニ、それにつくば物産店が二軒あった。もう帰るだけなので、店を覗いてみる。さすが、ここでは、水戸産はなかった。野菜ーきゅうり、大根、ニンジンなど、ニンニクもある、さつま芋、やき芋もあった。売れ残りか、ふきのとうがひとつあった。サイズは、小さい。15個ほどで、230円。買ってしまった。手づくりパンもあり、値引きで1個100円のあんぱんを買った。改札の手前に、小さなお店。日本酒の立ち飲み店だった。一升瓶が並んでおり、縁台が3つ並んでいた。へえ、やるねえ、帰りがけに一杯、っていうわけですね。自家用車は、だめ、バスで帰る人、OK。

4時すぎ、秋葉原行きのどん行に乗車。下車の八潮駅は、快速、急行が止まらない。ここでも電車は、がら空きで、きれいな夕日を眺めながら、本日も、いい旅だった、と超満足の一日でした。5時30分、神明町帰着。




2022年2月26日土曜日

人生を変えたオデッサの「戦艦ポチョムキン」

 黒海の港町オデッサ、沖に停泊中の船、「戦艦ポチョムキン」、船上で乗組員兵士と、船長が衝突。食事はじめ、船上での生活改善を要求する兵士たちが、反乱を起こしたのだ。勝利を勝ち取った兵士たちが、船上に赤旗を立てる。集まってきた市民たち。と、突然、現れたコザック兵士たちの発砲で、船上の兵士、市民らが逃げ惑う。その時、乳母車を押していた母親が、その手を放してしまう。階段のいちばん上から母親の手を離れた乳母車、赤ん坊を乗せたまま、ガタン、ガタンと落ちていく。

オデッサの階段は、今は、観光名所として残されており、そのオデッサは、ウクライナの港町。ロシア革命の運動の拠点で、ロシア社会民主労働党bがここでされた(1900年)。

監督ポチョムキンの映画を見たのは、今から60年前のこと。大学の卒業論文のテーマが「ロシア革命における社会民主労働党とボルシェビキ派」。二月革命後、オデッサに臨時政府ができた。というわけで、革命思考の青春時代を送ることになった。日本だけでなく、独立したばかりの後進国を、なんとしても助けなければ、なんて、真剣に考えていました。

ミンスクには、モスクワから列車で往復したことがある。滞在期間が1日だったので、町の印象は、ほとんどない。当時は、ソヴィエト連邦のメンバー国家のひとつだった。日本に帰ってから、ウクライナで見た衣装が気に入り、撮ってきた写真をもとに、コサック風の上着を作って、着ていた。2~3年間、愛用していたが、写真が残っていないのは、残念。

その後、国連の仕事で、スーダンに赴任した際、ホテル住まいをしていたが、そのホテル、オーナーがギリシャ国籍のウクライナ人だった。ホテルの名が「アクアポール」。食事に、ときどきピロシキが出てきた。

留学していたイスラエルで、ウクライナに住んでいたというユダヤ人(イスラエル人)の友人がいた。オデッサには、ユダヤ人が多く住んでいて、スターリン時代に数千人が殺された、ということを、彼は、話してくれた。今も、オデッサには、ユダヤ人のコミュニティ(ゲット)がある。

ここのところ、毎日、ロシアのプーチン大統領の映像、侵略されているウクライナの様子を見ている。核兵器があるよ、とちらちらさせながら、西側陣営を牽制しているモスクワのドン、この先、ウクライナは、どうなることやら。

2022年2月25日金曜日

東京都発行のシルバーパス、越境使用可

 今年の二月は、カレンダーの赤丸がふたつ。そのふたつめの23日、上天気なので洗濯、ふとん干しを挙行。昼すぎに片付けをすませ、時計をみたら、いい時間じゃないの。西新井行きのコミュニティバスの時間、一日5本しか走っていないバス。うちの玄関から、300歩のところが神明停留所。13時8分発、お出かけしました。

バスのサイズが小さいので、細かいルートで西新井駅へ。客は、4名、25分で終点の西新井駅に到着。さあ、ここからどこへ行くか。

駅前のバスターミナル、2台のバスが止まっている。両方とも、赤羽行き。ひとつは、最近、荒川区の尾久から引っ越してきた東京医療センター経由の路線で、赤羽駅へ。もひとつは、足立区から埼玉県に入り、川口から荒川を渡って、都内に戻り、赤羽駅へ、というルート。いずれも乗車時間は、40~50分。さあ、どちらにするか、と考えるヒマもなく、医療センター行きが出発してしまった。乗客は数名。祝日の昼間だもんね。

で、本日の路線バス乗りは、越境バス。5分ほど待って13時55分、出発。足立区内は、東武バスが主流で、次が都バスだが、このバスは、国際興業バス。車内には全国に展開する国際興業グループのホテルの写真がぶら下がっている。

運転手さんに、終点の赤羽駅まで行きたいんだけれどと、シルバーパス(東京都発行)、使えるかどうかを尋ねると「埼玉県内の停留所でおりなければ、大丈夫です」との返事。

西新井駅から、環七に出る。祝日だからか、車が多く、お大師までの道、かなり混んでいた。大師前の東武バス車庫で5人乗車。そのあとは、ほとんど裏道の狭い道路を走る。右、左をなんどか曲がり、足立工業高校へ。停留所になんと、Adachi Technical High Schoolと外国語で書いてあった。すごい! スレスレの細い道が続く。尾久橋通りが見える。日暮里舎人ライナーが走っている。間もなく西新井大師西駅。鹿浜の産業道路をすぎると、土手が見え、新荒川橋を渡る。埼玉県に入りました。

新荒川のこちら側も、あちら側も、超大きな建物群で、倉庫なども多い。佐川急便の倉庫は、かなりの大きさ。そういえば、モンゴルの首都ウランバートルで、佐川急便の、あの車体の絵、そのまんまで走っているのを、なんどもみかけました。運転手の男性が、日本人顔なので、びっくり。

10ほど走ると、バスは、南方角に舵をきり、荒川を渡る。荒川大橋を渡ると東京都だ。橋の下は、ゴルフ場、左方向には、東京都の農業公園、手前には、岩淵水門が見える。あそこで、隅田川とわかれるんだ。バス乗客は、15,6名。埼玉県内での乗客だ。この人たちの運賃、埼玉県内から、都内に入るわけで、どうなっているのか。橋から赤羽駅までは、数分。14時35分、到着。

バスターミナルには、別のバスが客を乗せたまま、止まっていた。見ると、医療センター経由の西新井駅行き。考えもせず、飛び乗った。と、すぐに出発、14時40分発。こちらは、ほぼ満席の客。東京都民ー都発行のシルバーパス利用者がほとんど。ルートは、ルートは、大きな道路で、沿線の景色は、おもしろくない。一軒だけだったけれど、国旗を掲揚している家があった。国民祝日、天皇誕生日、どれくらいの人たちが、なんの祝日なのかを、意識しているのかな、と思った。

この日の路線バス乗りは、天気も良く、行きの路線、楽しかった。せまーい道をゆっくり走るバス、周辺の景色がよく見え、乗り降りする客もおり、田舎のバスの感覚だった。都内でも、こんなところを走っている路線バスが、まだまだあるんです。コロナ禍、近場での楽しみ、めっけ、の半日でした。






2022年2月23日水曜日

春です、ふきのとう、食べました

 朝の散歩コース、運河なので、水が動かず、ほぼ毎朝、水面は凍っています。春は、まだまだ、と思っていたら、見つけました、ふきのとう。まだ、採るには、ちょいと早い。すぐに思い出しました。ふきのとう、沢山出る場所、あそこへ行けば、必ずある、という場所、秘密の場所を知っています。

翌日、行ってみました。ありました。ほぼ両手にいっぱい、という収穫です。どこか、場所は言えません。持ち帰り、料理してみました、今季はじめての山菜です。レシピは、いろいろあるようですが、ふき、といえばこれです。「酢味噌あえ」。熱湯をさっとくぐらせて、丁寧にきざみ、味噌、酢でまぜる、それだけなんです。仙台から送ってもらった宮城産の「つや姫」でいただきました。お米が主役でなく、ふきのとう酢味噌、が主役の食事。

「あーうまい、うまいなあ、やっぱりうまい」。

これで、気分は、もう春です。ふきの、ちょっと苦い感じ、これがなんともいえない。からだいっぱい春を実感。幸せ、生きていてよかった、本当によかった、です。

足立区内だけでも、以前は、ふきのとうは、どこにもありました。毎年、毎年、採れる場所は減り、今は、あそこ、だけです。それでも、よかった、今年も出てくれて、ありがとう。

なせか、山菜採りが好きなんです。この時季になると、血が騒ぐというか、まだかな、出たかな、と気になります。日本中を歩き回っていた頃は、行き先々での山菜採り、本当に楽しみでした。奥の細道の旅、東北で、ちょうど、この季節だったので、ずいぶん、山菜採りをしました。歩きながらなので、わらび、うど、たらの芽などでした。宿泊の民宿周辺で早朝の山菜採りで、採ってきたばかりの山菜を味噌汁に入れて食べました。

そうそう外国での山菜採り、実行しました。ロンドンでは、郊外の公園で、わらび。スイスの山岳地帯で、ふきのとうをみつけ、ざる一杯をゲット。スイス人の友人宅で食べました、たしか、天ぷらにしたような気がします。オーストラリアでは、メルボルン郊外の友人の別荘の庭で、わらびを発見。塩ゆでにして、マヨネーズをつけて食べました。みなさん、感動してました。たいへんなことになったのは、フィンランドでのこと。あの国は、地面が岩盤でできており、土を採ることは禁じられている、法律で禁止されているのです。そのことを知らず、「めっけた」、とふきのとうを採ろうしたら、フィンランド人の友人から、「だめっ、だめ、です」と大声で叱られました。法律違反、知らずにいたら、逮捕されるところでした。

日本国内でも、ずいぶんあちこちでの山菜採りを、実行しました。山菜採りを目的の旅でいちばん通ったのは、水上の奥・藤原です。豪雪で、天気予報にどきどき登場している地域です。飛騨の穂高温泉、あそこの雪解け時のふきのとう、最高でした。クロカンの練習のために通った乗鞍高原の山菜も圧巻でした。北アルプスは、黒部川のたらの芽、小屋に持っていったら、ご主人に叱られたけれど、あげたら小さい声で、お礼をいわれました。