ウイーンへ一行ってきました。2月17日から運行始めたANA。羽田を真夜中2時発のはずが、2時間遅れで4時出発の便です。なんとこの時間帯、多くの飛行機が飛び立っている。3月1日の早朝4時に出て、同じ日の8時頃に、ウイーンに到着する。ツアー客が多く、満席だった。
友人宅にとまり、朝起きてシェーンブルグ城の中をぐるぐる散歩、朝食後、市電に乗って
友人のいる施設へ。友人のはいっている施設は、高齢病人の入る施設で、呼吸器障害の友人は、入院したり、小康様態時は、ここにいる。幸いウイーン滞在中は、体調も安定していて、施設で会い、昼食をいっしょにするなど、共に時間を過ごすことができた。
1日10ユーロ(1300円)の通し券を買って、リンク(市電)、バス、地下鉄が乗り放題で、犬も有料で乗せてくれる。日本ならさしずめ銀座通りにあたるステファンストラーセへ行ってみた。ここには、なんと日本人、中国人の観光客が、いっぱい。冬でも今年は、雪が少ないというウイーン、17,18℃だった。
「ラマンチャの男」を観て、ヴイアナシュ二ツエルをたべ、赤ワインを飲む、これの繰り返しの毎日だった。
2019年3月9日土曜日
2019年2月21日木曜日
寒いけど、神明町でも梅の花
二月、寒いけれど、春近し
恵方巻、チョコレートが済み、三月になれば雛祭り。湯島、水戸では梅が満開とのニュース。2月11日、祝日だったけれど、なんで? と銭湯で風呂友たちに訊いてみたけれど
5人中ひとりのみ「建国記念日」と答えた人。そういう自分も知らなかった。昔は、紀元節。春といえば、フキノトウ、今季もしっかり芽を出してくれた。酢味噌で2回食べた。
気になったお話
➀アメリカ一般教書 大統領が年頭、国民に対して国の政策を説明するもので、なぜかNHKがスピーチの全てを実況中継した。自分があれも、これも、実行した、トランプ大統領のほら吹き演説。この一年も、あれも、これも、必ずやるぞ、偉大なアメリカの為に。
会場には、上下議会議員たちがいて、民主党の議席には、おそろいの白いジャケットの女性議員たち。スピーチの内容への反応が、なかなか面白かった。日本の国会もテレビでの実況があるが、ちっとも面白くない。与党も野党も、緊張感が感じられないのは、なぜだろう。
②路線バスの車窓から 遠出せず、近場(ちかば)を乗り鉄、乗りバスをしている。
「犯人の電話に出ないで、被害ゼローこちらは葛飾警察」(京成バスのアナウンス)。
「葛飾北斎は、93回引っ越した」(引っ越し業務トラックに書いてあった。なぜか葛飾
区内を走っていただいた)。
「自衛官募集」(足立区内のコミュニテイバス内の吊るし)。
「竹島の歴史、知っていますか。日本人が開墾した尖閣諸島」(都電内吊るし)。
「スリーブショップ」(蒲団屋の看板)。
「チャイナストア」(らーめん店の看板)。
ちなみに、京成バスでは、下車する乗客が押しボタンを押すと、女性の声で、
「はーい、わかりました!」、と返事してくれる。おもわず、「お願いします」
と言ってしまった。
二月末、ウイーンへ。2月17日に開通したばかりのANAの直行便、羽田空港からです。
恵方巻、チョコレートが済み、三月になれば雛祭り。湯島、水戸では梅が満開とのニュース。2月11日、祝日だったけれど、なんで? と銭湯で風呂友たちに訊いてみたけれど
5人中ひとりのみ「建国記念日」と答えた人。そういう自分も知らなかった。昔は、紀元節。春といえば、フキノトウ、今季もしっかり芽を出してくれた。酢味噌で2回食べた。
気になったお話
➀アメリカ一般教書 大統領が年頭、国民に対して国の政策を説明するもので、なぜかNHKがスピーチの全てを実況中継した。自分があれも、これも、実行した、トランプ大統領のほら吹き演説。この一年も、あれも、これも、必ずやるぞ、偉大なアメリカの為に。
会場には、上下議会議員たちがいて、民主党の議席には、おそろいの白いジャケットの女性議員たち。スピーチの内容への反応が、なかなか面白かった。日本の国会もテレビでの実況があるが、ちっとも面白くない。与党も野党も、緊張感が感じられないのは、なぜだろう。
②路線バスの車窓から 遠出せず、近場(ちかば)を乗り鉄、乗りバスをしている。
「犯人の電話に出ないで、被害ゼローこちらは葛飾警察」(京成バスのアナウンス)。
「葛飾北斎は、93回引っ越した」(引っ越し業務トラックに書いてあった。なぜか葛飾
区内を走っていただいた)。
「自衛官募集」(足立区内のコミュニテイバス内の吊るし)。
「竹島の歴史、知っていますか。日本人が開墾した尖閣諸島」(都電内吊るし)。
「スリーブショップ」(蒲団屋の看板)。
「チャイナストア」(らーめん店の看板)。
ちなみに、京成バスでは、下車する乗客が押しボタンを押すと、女性の声で、
「はーい、わかりました!」、と返事してくれる。おもわず、「お願いします」
と言ってしまった。
二月末、ウイーンへ。2月17日に開通したばかりのANAの直行便、羽田空港からです。
2019年2月6日水曜日
春の節分、鎌倉鶴岡八幡宮へ
年四回の節分「春」の部
月2回のご詠歌レッスンで貰ってきた節分豆の袋に、「節分は、春夏秋冬、それぞれの季節の節目毎にあり、2月節分は、そのひとつ」、との説明が記してあった。豆まきといえば成田山。地元足立区内の西新井大師だって、有名だ。何が有名かといえば、有名人がやってきて、裃姿で、一升片手に「鬼は外、福は内」を叫びながら豆をまくのだ。そんなことを思いながら、出かけた。往く先は、丸の内の丸善ブックセンター、のつもりだった。
東京駅で行く先変更
駅構内、これから鎌倉へ行くという中国人3人に会った。荷物はトランク一個。鎌倉で一泊するという。鎌倉方面行きホームを教え、ついでに、鎌倉へ行くのなら「江ノ電に乗らなくちゃあ」、というと、それにしよう、それがいい、というので、ご一緒するハメになった次第。本屋は、帰りでもいいや、と。
藤沢駅で江ノ電に乗り換え、終点の鎌倉へ。日曜だったせいか、4輌なのに(いつもは2輌編成)超満員状態、日本人、外国人、半々くらい。江の島も見え、海は静か、冬の海景色だった。各駅で、下車する、乗ってくる客が多く、終点鎌倉まで満員状態だった。
鎌倉駅も混んでいた。荷物を預けて、鶴岡さんまでご一緒することに。
北京からきたというこの人たち、日本は、空気がきれい、道路がきれい、食べ物、おいしい、との賛辞。ご夫婦と親類の女性、30歳前後。奥さんが英語可。
路線バス、鎌倉~金沢八景
鶴岡さんの大鳥居。長ーい、長ーい行列。なんと、境内に入るための整理券を配っていた。豆まき行事は2時すぎだというのに、2時間前からの行列。日本人、外国人、真面目に並んでいる。駅方面からの渋滞車道、路線バスがのろのろやってきた。「ごめん、あのバスに乗るので」、と列を離れてバス停へ。『金沢八景』行き。乗客は3名。山側の道路を往く路線バスの反対側は、びっしりの車、大渋滞だった。この日の鎌倉は、どこも大渋滞状態なのだろう。いつもなら40分くらいのバス、終点まで65分かかった。
八景駅から京急に乗車、新橋駅で山手線に。乗り換えの西日暮里駅で、「そっか、丸善へ行くの、忘れた」。神明町に着いたら4時30分だった。ご近所銭湯への途中、なぜか猫が2匹、うろうろしているのに会った。柊の枝に鰯の頭、そんなしきたり、みんな忘れている。猫たち、知っているのかな。「無駄、ムダですよ」、とひと声をかけた。
ご近所銭湯で会った風呂友によると、西新井大師は、大混雑で、子ども、高齢者は、怪我の心配、とかで、中に入れなかった、とのこと。「うちは、今年も皮つき落花生をまいたんだよ」、という人もいた。北海道の風習だそうです。
月2回のご詠歌レッスンで貰ってきた節分豆の袋に、「節分は、春夏秋冬、それぞれの季節の節目毎にあり、2月節分は、そのひとつ」、との説明が記してあった。豆まきといえば成田山。地元足立区内の西新井大師だって、有名だ。何が有名かといえば、有名人がやってきて、裃姿で、一升片手に「鬼は外、福は内」を叫びながら豆をまくのだ。そんなことを思いながら、出かけた。往く先は、丸の内の丸善ブックセンター、のつもりだった。
東京駅で行く先変更
駅構内、これから鎌倉へ行くという中国人3人に会った。荷物はトランク一個。鎌倉で一泊するという。鎌倉方面行きホームを教え、ついでに、鎌倉へ行くのなら「江ノ電に乗らなくちゃあ」、というと、それにしよう、それがいい、というので、ご一緒するハメになった次第。本屋は、帰りでもいいや、と。
藤沢駅で江ノ電に乗り換え、終点の鎌倉へ。日曜だったせいか、4輌なのに(いつもは2輌編成)超満員状態、日本人、外国人、半々くらい。江の島も見え、海は静か、冬の海景色だった。各駅で、下車する、乗ってくる客が多く、終点鎌倉まで満員状態だった。
鎌倉駅も混んでいた。荷物を預けて、鶴岡さんまでご一緒することに。
北京からきたというこの人たち、日本は、空気がきれい、道路がきれい、食べ物、おいしい、との賛辞。ご夫婦と親類の女性、30歳前後。奥さんが英語可。
路線バス、鎌倉~金沢八景
鶴岡さんの大鳥居。長ーい、長ーい行列。なんと、境内に入るための整理券を配っていた。豆まき行事は2時すぎだというのに、2時間前からの行列。日本人、外国人、真面目に並んでいる。駅方面からの渋滞車道、路線バスがのろのろやってきた。「ごめん、あのバスに乗るので」、と列を離れてバス停へ。『金沢八景』行き。乗客は3名。山側の道路を往く路線バスの反対側は、びっしりの車、大渋滞だった。この日の鎌倉は、どこも大渋滞状態なのだろう。いつもなら40分くらいのバス、終点まで65分かかった。
八景駅から京急に乗車、新橋駅で山手線に。乗り換えの西日暮里駅で、「そっか、丸善へ行くの、忘れた」。神明町に着いたら4時30分だった。ご近所銭湯への途中、なぜか猫が2匹、うろうろしているのに会った。柊の枝に鰯の頭、そんなしきたり、みんな忘れている。猫たち、知っているのかな。「無駄、ムダですよ」、とひと声をかけた。
ご近所銭湯で会った風呂友によると、西新井大師は、大混雑で、子ども、高齢者は、怪我の心配、とかで、中に入れなかった、とのこと。「うちは、今年も皮つき落花生をまいたんだよ」、という人もいた。北海道の風習だそうです。
2019年1月28日月曜日
紀勢線で紀伊半島一周乗り鉄
和歌山で「新年会」
1月21日、和歌山芳養(田辺市)で新年会のお誘いがあり、出席。30年くらい熊野古道の旅でお世話になったKさん宅に集まったのは、神戸のYさん、奈良斑鳩町のMさんご夫妻、そして、関東は、東京足立区神明町の楽隠居、の5人。芳養町(はや)のKさん宅には、これまでなんども泊めていただいたことがある、勝手知った宿(?)。
梅、みかん農家だったKさん、農業をやめて、無職となり、昨年なども、ちょくちょく海外旅行などを楽しんでおられる。無職Kさんの生活ぶり・・・・・電力会社と縁を切り、ソーラーパネル発電、暖房、料理は薪ストーブ、消し炭と豆たんで、という徹底ぶり。洗濯機、風呂は、発電大のお天気の日に、という具合で、現金支出は、ほんのわずか。めだかと共生している。新年会は、うす暗いトタン屋根の小屋で、それでも、薪ストーブの赤い火を囲み、正月らしい豪華メニューを楽しんだ。
品川貝づくし弁当を食べながら大阪へ
東京駅発の旅には、これ、と決めている「品川・貝づくし弁当」。今回は、熱海のトンネルを出て、右に富士山があらわれる頃、食べ終わった。この日の富士山は日本一、世界一
でした。静岡、名古屋、ずっと快晴だったのに、関ケ原あたりでは、なんとみぞれが降っていた。京都、大阪は晴れ。
新大阪でくろしお特急に乗り換えた。白浜行きで、空席の目立つ自由席。天王寺で乗客4名乗車。座席ポケットに「津波発生時の降車方法」が4か国語で印刷したパンフレット。南海地震、来るかもしれない、ということか。時間通り紀伊田辺着。駅舎が工事中だったので、近くの店でさんま寿司(700円)を買い、日向ぼっこで昼食。外国人旅行者が、観光案内所に数名。厳冬の熊野古道歩きらしい。お出迎えの車は、奈良ナンバーだった。
やったー! 特急列車最前席・ラッキー!
新年会翌朝、田辺駅から勝浦駅へ。紀伊半島をぐるっと走って名古屋へ行く特急列車の始発は、勝浦駅からだ。自由席乗車口に、並ぶこと30分。ホームで並んで待つ人はいない。時間通り入線、ワイドビュー南紀6号。いちばん乗り。わくわくしながら一番前へ。
4輌編成の特急列車のいちばん前は、自由席。「やったー」、運転手とガラス1枚後ろの席です。この席で終点の名古屋まで、なんだかどきどき。この路線、これまでに何度も乗ったことがあるけれど、そして、この席を、何度もねらったかしれない。いつか乗るぞ、いつか必ず乗るを、繰り返していた。運転手がドアを開け、入ってきた。思わず、「よろしく、ね」と挨拶をしてしまった。帽子に手をあてて、返礼。いい運転手さんだ。
勿論、時間通り出発・進行! トンネルも多いけれど、海は、いつも右側、熊野灘だ。左は、山。単線だけれど、踏切は多い。熊野、尾鷲、長嶋、大内山、三瀬谷、三重県 側の熊野古道。なんども歩いたり、走ったりした峠も見える。伊勢から歩いたこともある。
線路がゆっくり左折すると松坂。肉の松坂弁当、食べたっけ。左に鈴鹿の山々がみえると桑名、4時すぎに名古屋駅着。4時間30分の旅だった。
1月21日、和歌山芳養(田辺市)で新年会のお誘いがあり、出席。30年くらい熊野古道の旅でお世話になったKさん宅に集まったのは、神戸のYさん、奈良斑鳩町のMさんご夫妻、そして、関東は、東京足立区神明町の楽隠居、の5人。芳養町(はや)のKさん宅には、これまでなんども泊めていただいたことがある、勝手知った宿(?)。
梅、みかん農家だったKさん、農業をやめて、無職となり、昨年なども、ちょくちょく海外旅行などを楽しんでおられる。無職Kさんの生活ぶり・・・・・電力会社と縁を切り、ソーラーパネル発電、暖房、料理は薪ストーブ、消し炭と豆たんで、という徹底ぶり。洗濯機、風呂は、発電大のお天気の日に、という具合で、現金支出は、ほんのわずか。めだかと共生している。新年会は、うす暗いトタン屋根の小屋で、それでも、薪ストーブの赤い火を囲み、正月らしい豪華メニューを楽しんだ。
品川貝づくし弁当を食べながら大阪へ
東京駅発の旅には、これ、と決めている「品川・貝づくし弁当」。今回は、熱海のトンネルを出て、右に富士山があらわれる頃、食べ終わった。この日の富士山は日本一、世界一
でした。静岡、名古屋、ずっと快晴だったのに、関ケ原あたりでは、なんとみぞれが降っていた。京都、大阪は晴れ。
新大阪でくろしお特急に乗り換えた。白浜行きで、空席の目立つ自由席。天王寺で乗客4名乗車。座席ポケットに「津波発生時の降車方法」が4か国語で印刷したパンフレット。南海地震、来るかもしれない、ということか。時間通り紀伊田辺着。駅舎が工事中だったので、近くの店でさんま寿司(700円)を買い、日向ぼっこで昼食。外国人旅行者が、観光案内所に数名。厳冬の熊野古道歩きらしい。お出迎えの車は、奈良ナンバーだった。
やったー! 特急列車最前席・ラッキー!
新年会翌朝、田辺駅から勝浦駅へ。紀伊半島をぐるっと走って名古屋へ行く特急列車の始発は、勝浦駅からだ。自由席乗車口に、並ぶこと30分。ホームで並んで待つ人はいない。時間通り入線、ワイドビュー南紀6号。いちばん乗り。わくわくしながら一番前へ。
4輌編成の特急列車のいちばん前は、自由席。「やったー」、運転手とガラス1枚後ろの席です。この席で終点の名古屋まで、なんだかどきどき。この路線、これまでに何度も乗ったことがあるけれど、そして、この席を、何度もねらったかしれない。いつか乗るぞ、いつか必ず乗るを、繰り返していた。運転手がドアを開け、入ってきた。思わず、「よろしく、ね」と挨拶をしてしまった。帽子に手をあてて、返礼。いい運転手さんだ。
勿論、時間通り出発・進行! トンネルも多いけれど、海は、いつも右側、熊野灘だ。左は、山。単線だけれど、踏切は多い。熊野、尾鷲、長嶋、大内山、三瀬谷、三重県 側の熊野古道。なんども歩いたり、走ったりした峠も見える。伊勢から歩いたこともある。
線路がゆっくり左折すると松坂。肉の松坂弁当、食べたっけ。左に鈴鹿の山々がみえると桑名、4時すぎに名古屋駅着。4時間30分の旅だった。
2019年1月27日日曜日
新年1月、映画3本
The Last Suit 「家へ帰ろう」
ポーランドワルシャワのユダヤ人社交界の賑やかなパーティーで始まる映画で、東欧のユダヤ人たちの言葉イデッシュ語、なつかしい響き、イスラエル留学時を想い出した。主人公の父は、テーラー(仕立屋)主人。ヒットラーによるホロコーストでユダヤ人たちが殺害されていた時代だ。父、母、妹たちが殺され、強制収容所から脱走し、重症ので主人公を助けたのが、父の店で職人として働いていたポーランド人の息子だった。
多くのユダヤ人たちが、ヨーロッパから脱出したように、主人公はアルゼンチンへ。ここで仕立屋をはじめて、6人の娘たちを育てた主人公は、今や86歳になり、昔の怪我で不自由な足、これ以上の仕事は無理と、娘たちが老人ホームへの入居を進める。
忠告に従わず、トランクひとつで家出。往く先は、ワルシャワ。まずは、空路パリへ。パリからは、列車でワルシャワへ。駅窓口で切符を買う主人公。「わたしは、ドイツの地を踏まずにワルシャワへ行きたい」、窓口係は、「ドイツの駅で乗り換えないとワルシャワへは行けない」と。行列に並んでいた女性ードイツ人、人類学者、が「乗り換えの駅までご一緒します」、と同行。乗り換え駅のホームで、トランクから出した着替え、タオルなどで、ワルシャワ行き列車の乗降口までの通路を作り、その上を歩いて、無事乗り換えることが出来た。「これでいいのだ」。
だが、次の災難は、列車内のレストラン(食堂車)で、軍服姿のドイツ兵と、若い女性たちとの宴会の場面に遭遇。あの時代の、あの光景、あの惨事を思い出し卒倒。目が覚めたらワルシャワの病院のベッド。「先生によると、病状はあまりよくないよう」、と聞かされる。「死ぬ前にどうしても、会わねばならない友がいる。連れて行ってくれ」、と看護婦に懇願する。
車椅子を押した看護婦、主人公の思い出の地区を、あっち、こっちと探し歩く。60年以上もたったワルシャワの街、なかなかみつからない。ようやく探した昔、父のテーラがあったその同じ場所、窓の向こうに人影。目と目が合い、しばらくの沈黙。お互いが確認、
飛び出してきた男、まさに主人公が探していた60年前の恩人だった。
「あの時の約束だったSUITだ、私が君のために作った最後のSUITだ」。
(アメリカ、ヨーロッパ、イスラエルなど、世界中各地で受賞された作品)
TRANSIT「未来を煮り替えた男」
ヒットラー最後の頃、ドイツナチ軍が攻め込んでくる直前のパリ。多くのユダヤ人たちは船でヨーロッパ脱出のためマルセイユへ。パリに残って最後まで抵抗する人から預かった手紙が、出国手続き所での行き違いから、手紙の宛先の主人公に成りすましてしまうはめに。ユダヤ人の男と女が、生き残りをかけて相手を想い、結果、最後の船に乗船した女は
その船が沈没、死を覚悟してマルセイユに残った男は、ヒットラーの自殺で戦闘終了で、助かった。TRANSITで運命が変わったユダヤ人,男と女の話。
Victoria & Abdulu「ヴィクトリア女王 最期の秘密」
大英帝国が世界制覇の主人公だった時代。帝国の元首だったヴィクトリア女王とインド人
侍従の話(実話とのこと)。在位50年という女王陛下が、植民地インドからきたAbudulu
が気に入り従者に。「インドは、どんな所か」と女王。「あなたは、大英帝国の女王陛下です。知らないのですか、インドのことを」とアブドウル。ヒンズー教徒という彼に「どんな宗教か」、タージマハルとは、人々の暮らしとは、などなど、次々に質問。アブドウルを寵愛する女王に、宮廷内はもとより、首相始め政界までが、大騒ぎ。アブドウルが妻帯者であるというと、妻に会いたい、といい、宮廷内に招き入れる。大英帝国の元首として、公務多忙、周囲は、みなイエスマンばかり。孤独な女王陛下にとってアブドゥルは、
最大の友人だった。在位50年のヴィクトリア女王時代の大英帝国、別の視点が見えた内容だった。主人公の女王役の女優さん、実年84歳とか。格好いい女王だった。イギリス英語も、インド英語もわかりやすい。訳文もなかなかだった。
ポーランドワルシャワのユダヤ人社交界の賑やかなパーティーで始まる映画で、東欧のユダヤ人たちの言葉イデッシュ語、なつかしい響き、イスラエル留学時を想い出した。主人公の父は、テーラー(仕立屋)主人。ヒットラーによるホロコーストでユダヤ人たちが殺害されていた時代だ。父、母、妹たちが殺され、強制収容所から脱走し、重症ので主人公を助けたのが、父の店で職人として働いていたポーランド人の息子だった。
多くのユダヤ人たちが、ヨーロッパから脱出したように、主人公はアルゼンチンへ。ここで仕立屋をはじめて、6人の娘たちを育てた主人公は、今や86歳になり、昔の怪我で不自由な足、これ以上の仕事は無理と、娘たちが老人ホームへの入居を進める。
忠告に従わず、トランクひとつで家出。往く先は、ワルシャワ。まずは、空路パリへ。パリからは、列車でワルシャワへ。駅窓口で切符を買う主人公。「わたしは、ドイツの地を踏まずにワルシャワへ行きたい」、窓口係は、「ドイツの駅で乗り換えないとワルシャワへは行けない」と。行列に並んでいた女性ードイツ人、人類学者、が「乗り換えの駅までご一緒します」、と同行。乗り換え駅のホームで、トランクから出した着替え、タオルなどで、ワルシャワ行き列車の乗降口までの通路を作り、その上を歩いて、無事乗り換えることが出来た。「これでいいのだ」。
だが、次の災難は、列車内のレストラン(食堂車)で、軍服姿のドイツ兵と、若い女性たちとの宴会の場面に遭遇。あの時代の、あの光景、あの惨事を思い出し卒倒。目が覚めたらワルシャワの病院のベッド。「先生によると、病状はあまりよくないよう」、と聞かされる。「死ぬ前にどうしても、会わねばならない友がいる。連れて行ってくれ」、と看護婦に懇願する。
車椅子を押した看護婦、主人公の思い出の地区を、あっち、こっちと探し歩く。60年以上もたったワルシャワの街、なかなかみつからない。ようやく探した昔、父のテーラがあったその同じ場所、窓の向こうに人影。目と目が合い、しばらくの沈黙。お互いが確認、
飛び出してきた男、まさに主人公が探していた60年前の恩人だった。
「あの時の約束だったSUITだ、私が君のために作った最後のSUITだ」。
(アメリカ、ヨーロッパ、イスラエルなど、世界中各地で受賞された作品)
TRANSIT「未来を煮り替えた男」
ヒットラー最後の頃、ドイツナチ軍が攻め込んでくる直前のパリ。多くのユダヤ人たちは船でヨーロッパ脱出のためマルセイユへ。パリに残って最後まで抵抗する人から預かった手紙が、出国手続き所での行き違いから、手紙の宛先の主人公に成りすましてしまうはめに。ユダヤ人の男と女が、生き残りをかけて相手を想い、結果、最後の船に乗船した女は
その船が沈没、死を覚悟してマルセイユに残った男は、ヒットラーの自殺で戦闘終了で、助かった。TRANSITで運命が変わったユダヤ人,男と女の話。
Victoria & Abdulu「ヴィクトリア女王 最期の秘密」
大英帝国が世界制覇の主人公だった時代。帝国の元首だったヴィクトリア女王とインド人
侍従の話(実話とのこと)。在位50年という女王陛下が、植民地インドからきたAbudulu
が気に入り従者に。「インドは、どんな所か」と女王。「あなたは、大英帝国の女王陛下です。知らないのですか、インドのことを」とアブドウル。ヒンズー教徒という彼に「どんな宗教か」、タージマハルとは、人々の暮らしとは、などなど、次々に質問。アブドウルを寵愛する女王に、宮廷内はもとより、首相始め政界までが、大騒ぎ。アブドウルが妻帯者であるというと、妻に会いたい、といい、宮廷内に招き入れる。大英帝国の元首として、公務多忙、周囲は、みなイエスマンばかり。孤独な女王陛下にとってアブドゥルは、
最大の友人だった。在位50年のヴィクトリア女王時代の大英帝国、別の視点が見えた内容だった。主人公の女王役の女優さん、実年84歳とか。格好いい女王だった。イギリス英語も、インド英語もわかりやすい。訳文もなかなかだった。
2019年1月18日金曜日
2019年・乗り鉄新年事始め
なにかとせわしかった正月の冬眠から目覚め、そろそろ出動かなと出かけ
たのが「小海線」。新年事始め。昔なら成人の日だった1月15日。朝、ま
だ真っ暗なうちに神明町発。7時30分のあずさ3号・南小谷行きに乗車。
東京は、曇りだったが、山梨県は晴天だった。
小海線始発駅小淵沢
夏の小淵沢駅は、登山者でいっぱいだが、この季節、乗降者は4人だけ。停車中の小海線へは、二人のみ。二両編成、ワンマン車の列車は、時刻通り発車。左に八ヶ岳の南峰編笠山、雪なし。最初の駅甲斐小泉駅前の「平山郁夫シルクロード美術館」は、閉館中。単線列車なので、小諸からの列車とのすれ違いで、駅での一時停車。冬木立の間を、ゆっくり走る。スケールこそ小さいけれど、シベリアの原野を走るシベリア鉄道みたい。
小海線 その先まる見え 冬木立
葉っぱが落ちて裸になった木々の向う、景色がまる見え、そんな沿線を走る小海線。夏の喧騒がうそのような静かな冬の小海線だ。
夏の原宿、なんていわれている清里駅、下車した客ひとり。ここでも雪なし。鉄道最高
地駅1345.67mの表示。車窓右には、高原野菜の畑、左は八ヶ岳連峰、といっても
雪は頂上部分のみ。小諸まで流れ往く千曲川が、線路の右、左に。
松原湖駅、なつかしい。大学時代、単独登山にうつつを抜かしていた頃のこと。早朝、
駅から赤岳に向かって歩いていたら、火事現場に遭遇。火は消えていたが、その後片付け
中で、通りがかりの助っ人したら、炊き出しのあったかいおにぎりをいただいた。そんなことを思い出した。
小海線の後半は、人家多い農村地帯。八千穂高原の看板には、「清酒佐久の花」の文字。米どころなのだ。ビニールハウスも多い。上天気の佐久平を、のんびり走る小海線。
風景を独り占めしている気分。乗客は数人、乗降者ほとんどいない。
終点小諸まで乗って、乗り換えの軽井沢までの「しなの鉄道」、本数が少なく、結局、佐久平駅に戻り、新幹線で上野へ。浅間山も、高崎から見える榛名山も、雪が少ない。
豪雪の報道が多いこの季節、信州は、雪が少ない冬のようだ。
小寒とはいえ、あったかい車内、ゆったり、ゆっくり列車旅、贅沢な冬の1日、新年の
初乗り鉄の旅、午後2時には、上野駅帰着。
たのが「小海線」。新年事始め。昔なら成人の日だった1月15日。朝、ま
だ真っ暗なうちに神明町発。7時30分のあずさ3号・南小谷行きに乗車。
東京は、曇りだったが、山梨県は晴天だった。
小海線始発駅小淵沢
夏の小淵沢駅は、登山者でいっぱいだが、この季節、乗降者は4人だけ。停車中の小海線へは、二人のみ。二両編成、ワンマン車の列車は、時刻通り発車。左に八ヶ岳の南峰編笠山、雪なし。最初の駅甲斐小泉駅前の「平山郁夫シルクロード美術館」は、閉館中。単線列車なので、小諸からの列車とのすれ違いで、駅での一時停車。冬木立の間を、ゆっくり走る。スケールこそ小さいけれど、シベリアの原野を走るシベリア鉄道みたい。
小海線 その先まる見え 冬木立
葉っぱが落ちて裸になった木々の向う、景色がまる見え、そんな沿線を走る小海線。夏の喧騒がうそのような静かな冬の小海線だ。
夏の原宿、なんていわれている清里駅、下車した客ひとり。ここでも雪なし。鉄道最高
地駅1345.67mの表示。車窓右には、高原野菜の畑、左は八ヶ岳連峰、といっても
雪は頂上部分のみ。小諸まで流れ往く千曲川が、線路の右、左に。
松原湖駅、なつかしい。大学時代、単独登山にうつつを抜かしていた頃のこと。早朝、
駅から赤岳に向かって歩いていたら、火事現場に遭遇。火は消えていたが、その後片付け
中で、通りがかりの助っ人したら、炊き出しのあったかいおにぎりをいただいた。そんなことを思い出した。
小海線の後半は、人家多い農村地帯。八千穂高原の看板には、「清酒佐久の花」の文字。米どころなのだ。ビニールハウスも多い。上天気の佐久平を、のんびり走る小海線。
風景を独り占めしている気分。乗客は数人、乗降者ほとんどいない。
終点小諸まで乗って、乗り換えの軽井沢までの「しなの鉄道」、本数が少なく、結局、佐久平駅に戻り、新幹線で上野へ。浅間山も、高崎から見える榛名山も、雪が少ない。
豪雪の報道が多いこの季節、信州は、雪が少ない冬のようだ。
小寒とはいえ、あったかい車内、ゆったり、ゆっくり列車旅、贅沢な冬の1日、新年の
初乗り鉄の旅、午後2時には、上野駅帰着。
2019年1月10日木曜日
隠居の2018年ー悔悟碌
予言通り、正月は自宅で冬眠。手持ち無沙汰の正月、元旦は、ご近所コンビニで
全新聞を買い込んできた。どれもこれも、大見出し、付録特集は、『平成・この
30年』。30年前は、50歳だった。現役を引退し、指圧の学校へ。卒業したのが
54歳。その後、ずーと隠居暮らし。その間、どんなことがあったのか、ほぼ忘
れたので、まだ記憶にある、記録もある2018年の悔悟碌、各部門別。
乗り鉄、路線バス部門(日付順)
八高線、流山鉄道、関東鉄道、両毛線、飯田線、小湊・いずみ鉄道、寝台列車サンライズ、中央本線、小田急線(北千住―湯本)、路線バスー花小金井~青梅、磐越西線(郡山~会津若松~喜多方~新潟)、わたらせ渓谷鉄道、路線バス(奥多摩~小菅)、磐越東線
(水戸~郡山)、つくば山(TX、路線バス)。
霊場巡拝部門
豊島観音霊場、3日間、お富士山・山開き(十条、駒込、小野照)、関東八十八霊場4日間、北関東三十六不動4日間、泉岳寺・高野山東京分院。
海外旅行部門
シンガポール・12日間、シベリア鉄道・ロシア、モンゴル11日間、海路・陸路韓国ツアー・5日間。
オペラ、シネマ部門(シネオペラ)
プッチーニ「トスカ」、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」、ヴェルディ「アイーダ」
プッチーニ「西部の娘」。シネマ 「長江・愛の詩」(中国)、「空海」(中国)、「ザ・キング」(韓国)、「タクシードライバー」(韓国)、「マルクス・エンゲルス」(仏、独、ベルギー)、「ゲッペルスと私』(独)、「モリのいる場所」(日)、「祈り」(グルジア)、「スターリン葬送狂騒曲』(露)、「ある闘いの真実」(韓)、「華氏119」(米)。
展覧会部門
仁和寺仏像展、南方熊楠展、横山大観展、江戸柏、木喰展、快慶・定慶展、ムンク展。
その他・日常のいろいろ(雨天決行)
ご詠歌ー月2回、銭湯ーほぼ毎日(460円)-「銭湯と横浜展」、丸の内丸善ー月3、4回、図書館ー週1~2回、TV土曜は寅さん、
全新聞を買い込んできた。どれもこれも、大見出し、付録特集は、『平成・この
30年』。30年前は、50歳だった。現役を引退し、指圧の学校へ。卒業したのが
54歳。その後、ずーと隠居暮らし。その間、どんなことがあったのか、ほぼ忘
れたので、まだ記憶にある、記録もある2018年の悔悟碌、各部門別。
乗り鉄、路線バス部門(日付順)
八高線、流山鉄道、関東鉄道、両毛線、飯田線、小湊・いずみ鉄道、寝台列車サンライズ、中央本線、小田急線(北千住―湯本)、路線バスー花小金井~青梅、磐越西線(郡山~会津若松~喜多方~新潟)、わたらせ渓谷鉄道、路線バス(奥多摩~小菅)、磐越東線
(水戸~郡山)、つくば山(TX、路線バス)。
霊場巡拝部門
豊島観音霊場、3日間、お富士山・山開き(十条、駒込、小野照)、関東八十八霊場4日間、北関東三十六不動4日間、泉岳寺・高野山東京分院。
海外旅行部門
シンガポール・12日間、シベリア鉄道・ロシア、モンゴル11日間、海路・陸路韓国ツアー・5日間。
オペラ、シネマ部門(シネオペラ)
プッチーニ「トスカ」、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」、ヴェルディ「アイーダ」
プッチーニ「西部の娘」。シネマ 「長江・愛の詩」(中国)、「空海」(中国)、「ザ・キング」(韓国)、「タクシードライバー」(韓国)、「マルクス・エンゲルス」(仏、独、ベルギー)、「ゲッペルスと私』(独)、「モリのいる場所」(日)、「祈り」(グルジア)、「スターリン葬送狂騒曲』(露)、「ある闘いの真実」(韓)、「華氏119」(米)。
展覧会部門
仁和寺仏像展、南方熊楠展、横山大観展、江戸柏、木喰展、快慶・定慶展、ムンク展。
その他・日常のいろいろ(雨天決行)
ご詠歌ー月2回、銭湯ーほぼ毎日(460円)-「銭湯と横浜展」、丸の内丸善ー月3、4回、図書館ー週1~2回、TV土曜は寅さん、
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