2026年2月13日金曜日

ピンゾロで クロカンレース 24時間

 今、イタリアで「ミラノ・コルテイナオリンピック」が開催されている。

ミラノは、イタリアでも北部に位置し、オーストリア、スイスに近い。そのミラノ近くの村ピンゾロで開催されたクロスカントリースキーの24時間レースに参加したことがある。

当時は、まだ現役で、仕事も超多忙で、しかし、なぜか趣味もバリバリだった。

クロスカントリースキー(XC)を始めたのは、札幌オリンピックであまったXCの用具一式を手に入れたことにはじまる。それまで、山スキーは、やったことがあったけれど、XC は、初体験。未知のスポーツだった。と、その時、実際にやるチャンスがやってきた。

フィンランドのヘルシンキで、たまたま国際会議が行われることになり、ついでに新しい用具の使いはじめを、と決めた。「フィンランド・フィフィト」ー距離は65キロ、」申し込み、20年以上、毎年参加しているという高齢女性に助けられながら、完走。

その後、スウエーデン、デンマークはじめ、ヨーロッパ各国でのXCレースに出場。そのひとつが、ピンゾロ24時間レースだった。ピンゾロは、初めてだったが、羽田から乗ったアリタリア航空でミラノへ行き、ミラノからオーストリアのインスブルック行きの列車に乗り、ピンゾロへ。

海外からは、15カ国ほどで、参加者も50人くらいだったか。主催の村で用意してくれた農家に泊まった。レースに出るんだから、と毎食大ご馳走のイタリア料理。その上、これ、好きな時にどうぞ、と鍵を渡された。ワインケラーの鍵だった。その時以来、イタリアワインキャンテイの愛飲家になった。

レースは、今日の正午から、明日の正午までで、決められた村の中のコースをぐるぐる回るというもので、真夜中、「ジャパン、ジャパン」と応援の声。民宿の家族が、あっためたワインの差し入れをしてくれた。おかげで、寝ずの24時間レースを完走することが出来た。

このレースのアジアからの参加者は、ひとりだった。20名ほどの女性出場者中、6位で、メダルを頂いた。走りながらながめた近くの山々は、ドロミテ山塊。その後、ドロミテンラフというXCレースに出場したこともある。

いま、その地で行われているオリンピック。ミラノは、冬以外の季節になんどか訪れたことがあるけれど、ゴンドラに乗ったことはない。東京の日本橋下の遊覧船には、なんども乗ったけれど。


2026年2月11日水曜日

ガチャ勝ち がちゃ負け 総選挙

総選挙が終わった。いつもは、9時前には寝ているのに、ひと晩中、テレビをつけたり、ラジオにしてみたり、結局、朝の6時まで起きていた。選挙が好きっていうわけではないんだけれど、なんとなく気になって。

夜8時に開票番組が始まった。出口調査とか、即時結果とか、いいながら、当選者の氏名が流される。ほとんどが、自民党。野党の候補者名は、ない。えっ、なんで!1時間たっても、2時間たっても、同じ状態で、自民の候補者寝名。真夜中をすぎると、たまーに、「中道」の当選者名。そんなこんなで気がついたら、朝の6時になっていたっていうわけ。

選挙前、公明党が、自民との連立から「いちぬけた!」が、コトの始まり、だったような気がします。憲政上初の女性首相となった高市さん、それなら、と「衆議院解散」を威勢よく宣言。あわてふためいて立ち上がったのが「中道改革連合」という政党。これまで、公明党と立憲民主党の間で、すすめてきたプロセスだそうで、新党が発足しました。

「自分たちの都合で、解散するのは、けしからん」、「だいたい準備期間がなさすぎ」などとの批判が続出。総選挙の準備期間が必要なのは、立候補する候補者、それにあること、ないことを予測報道するマスコミ。立候補したい人は、普段から、有権者のみなさんとのコミュニケーションをとっておくべき。この鉄則がないがしろにされている。

足立区からの候補者(政治家)さんたちは、選挙の時にしか見たことがありません。それが、選挙となれば、名前を連呼するだけの街頭宣伝車(街宣車)が走り、郵便受けに選挙用の自己宣伝が配布され、新聞には、スーパーの売り出しといっしょにちらしが入っています。といっても、昨今は、新聞をとっている家庭は、少なくなりましたが。

そんなお付き合いの候補者の名前を書くためだけに、投票所へ行かねばならない、民主主義っていうのは、なんとも、めんどうな制度だと思うんですが。

この人たちに、かなりの額の交付金というのが、政府から出ているんです。たとえば、がちゃ勝ちの自民党には、153億円(年間)、中道改革連盟は、23億4000万円。

そんなこんなで、総選挙結果、いろいろ不満をひきづっています。

とぶつぶついいながら、ミラノ・コルティナ五輪、こちらは、朝4時からの観戦です。朝の4時は、いつも起床する時間なので、寝不足にはなりません。


2026年1月17日土曜日

忘れない 31年 あの日から

阪神淡路大震災から31年、テレビの時報5時46分、黙祷した。当時は、指圧の学校に通学していた。朝食しながら見ていたテレビに、地震直後の神戸の様子が写っていた。それでも学校に行かねばならず、いつものように自転車で北綾瀬駅へ。電車の中で、乗客たちが、心配そうに、地震の話をしていた。

その後、神戸の友人の案内で、地震で復興した地域を見て回った。淡路島の震源地へも行った。今朝の「その後、ニュース」では、6346人が、関連で亡くなったとのこと。

そして、東北の地震、津波は、16年前のこと。あの日、武蔵野の寺の巡礼の帰りだった。大宮から乗車した京浜東北の電車の中で、地震を体験。浦和から足立区神明町まで、真夜中の行軍を体験。

そんなことを考えながら、本日は、路線バスでなく、乘り鉄で回ってきた。東武スカイツリーラインで、西新井から春日部へ。春日部から柏まで、東武アーバンパークラインに乗車。柏から綾瀬まで、乘った。晴れていたけれど、いつものところに富士山は、なかった。

気になるニュース。ベネズエラのマチャド女史(野党党首)が、貰ったばかりのノーベル平和賞を、こともあろうアメリカ大統領のトランプさんにプレゼント。

この頃、わけのわからないことが、多すぎ。

2026年1月3日土曜日

初歩き 西の空に ちょっと月

自慢じゃないけれど…大雨でないかぎり、毎朝4時に3PO(散歩)しています。昨年の11月から 「欠勤」なし、ときうことは、皆勤です。1月1日ー「初歩き ほぼ満月の 西の空」

昔はー今から数年前まで、ほぼ毎年、正月は、旅先だった。

熊野古道との付き合いは、長い。20年近く通った。暮れの29,30日から正月3,4日頃までは、熊野古道の旅だった。熊野灘の向こうからの初日の出、なんども手を合わせた。

この正月、富士山が見える路線バスに乗ることにした。

環7が青砥陸橋を渡る時、富士山がみえる箇所がある。1月1日(元旦)、亀有から新小岩行きの路線バスに乗った。少し雲があったが、スカイツリーの向こうに見えた、真っ白な富士山の雄姿。正月から縁起がいいぞ。1月2日、昨日よりも雲が低い。スカイツリーも、ガスっている。見えないかな、見えなかった。で、本日、1月3日、もう一度、乘った。空は完璧に晴れ上がっていた。見えた。スカイツリーも、なんだかいつもより格好よく見える。立派な富士山。ということで、富士山目当ての路線バスで、新年は、始まった。

お正月の路線バスは、乗客が極端に少ない。運転手さんも、気がつけば高齢男性が多い。今どき路線バスの運転手さん、女性が増えてきた。人出不足のせいか。