2026年1月17日土曜日

忘れない 31年 あの日から

阪神淡路大震災から31年、テレビの時報5時46分、黙祷した。当時は、指圧の学校に通学していた。朝食しながら見ていたテレビに、地震直後の神戸の様子が写っていた。それでも学校に行かねばならず、いつものように自転車で北綾瀬駅へ。電車の中で、乗客たちが、心配そうに、地震の話をしていた。

その後、神戸の友人の案内で、地震で復興した地域を見て回った。淡路島の震源地へも行った。今朝の「その後、ニュース」では、6346人が、関連で亡くなったとのこと。

そして、東北の地震、津波は、16年前のこと。あの日、武蔵野の寺の巡礼の帰りだった。大宮から乗車した京浜東北の電車の中で、地震を体験。浦和から足立区神明町まで、真夜中の行軍を体験。

そんなことを考えながら、本日は、路線バスでなく、乘り鉄で回ってきた。東武スカイツリーラインで、西新井から春日部へ。春日部から柏まで、東武アーバンパークラインに乗車。柏から綾瀬まで、乘った。晴れていたけれど、いつものところに富士山は、なかった。

気になるニュース。ベネズエラのマチャド女史(野党党首)が、貰ったばかりのノーベル平和賞を、こともあろうアメリカ大統領のトランプさんにプレゼント。

この頃、わけのわからないことが、多すぎ。

2026年1月3日土曜日

初歩き 西の空に ちょっと月

自慢じゃないけれど…大雨でないかぎり、毎朝4時に3PO(散歩)しています。昨年の11月から 「欠勤」なし、ときうことは、皆勤です。1月1日ー「初歩き ほぼ満月の 西の空」

昔はー今から数年前まで、ほぼ毎年、正月は、旅先だった。

熊野古道との付き合いは、長い。20年近く通った。暮れの29,30日から正月3,4日頃までは、熊野古道の旅だった。熊野灘の向こうからの初日の出、なんども手を合わせた。

この正月、富士山が見える路線バスに乗ることにした。

環7が青砥陸橋を渡る時、富士山がみえる箇所がある。1月1日(元旦)、亀有から新小岩行きの路線バスに乗った。少し雲があったが、スカイツリーの向こうに見えた、真っ白な富士山の雄姿。正月から縁起がいいぞ。1月2日、昨日よりも雲が低い。スカイツリーも、ガスっている。見えないかな、見えなかった。で、本日、1月3日、もう一度、乘った。空は完璧に晴れ上がっていた。見えた。スカイツリーも、なんだかいつもより格好よく見える。立派な富士山。ということで、富士山目当ての路線バスで、新年は、始まった。

お正月の路線バスは、乗客が極端に少ない。運転手さんも、気がつけば高齢男性が多い。今どき路線バスの運転手さん、女性が増えてきた。人出不足のせいか。